どうして鍼灸は効くの(74)?
さて、このシリーズは以前にも申し上げたように、東洋医学の治療効果を、一般的わかりやすくなっている西洋医学の専門用語と実験手段により裏付ける努力をする内容になっております。どうしてこのことをする必要があるのか、自然哲学に基づく東洋医学の基礎理論と用語などは非常に抽象的で、その上、鍼灸医学を理解するための言語文化などの人文・社会的バックボーンを失いつつあり、鍼灸による病気の予防及び治療に効くその仕組みを、圧倒的に認知度の高い西洋医学の言葉で説明しないと、なかなか理解をもらえない局面に既になっているからです。
例えば先日診た、原因不明だと病院で言われた「めまい」の患者さんは、鍼灸医学の診断で「肝腎陰虚」によるめまいで、これを患者さんに申し上げたところで、患者さんにとってなんのことやら、さっぱりわかりません。「肝臓も腎臓も元気ですよ、心配しなくても大丈夫です。東洋医学でいう「肝」と「腎」は西洋医学の解剖学でいう「肝臓」と「腎臓」と違う意味合いを持っていますので、肝臓と腎臓の機能が悪くなったから、めまいになったというわけではありません。」と説明を付け加えないと、患者さんはご自分が肝臓と腎臓の病気になったかしらと、心配になってしまうかもしれません。「肝腎陰虚」の診断に従い、鍼をして治療を終えれば、めまいはその場で止まりました。鍼灸医学の基本となる経絡・ツボ(経穴)・経絡を流れる「気」は、目にも最先端だと言われる医療機器にも見えません。一方で、西洋医学でよく使われる言葉、例えば、「内臓、血管、神経、筋肉、骨」、或いは「神経伝達物質」、「免疫細胞」、「ホルモン」などは検査機器や実験機材で既に可視化され、各メディアでも繰り返し放送しているため、一般認知度が高く、これらの用語を使ったほうが実際に患者さんに伝わりやすいのは言うまでもありません。医学としての歴史、成り立ち、着目点、診断の仕方がほぼ違う西洋医学の見地から、東洋医学を解釈するのは相当無理があると承知しておりますが、あえてこのシリーズを始めたのも、こういった切実な理由があるからです。
七、骨の病気
骨の病気は様々ですが、一番よく聞くものは骨粗しょう症(osteoporosis OP)があります。男性も女性も、とくに更年期を迎えられた女性にとっては、まず骨のことは心配となります。60代以上の患者さんはみんな「転ぶのは一番怖い」と言っているのも、骨がもろくなっっているのではないか、もしそうでしたら転ぶだけで骨折してしまう可能性があるという心配からだと思います。もっと怖いのは転ばなくても骨折する「圧迫性骨折」もあります。重いものを持ったり、或いはちょっとの動作や無理な姿勢を取ったり、ひどい場合は腰掛けて何もしていないのに、急に激しい痛みが走って「圧迫性骨折」になってしまうことがあります。圧迫性骨折が起こりやすい場所は背骨(脊椎体)や大腿骨頸部(太ももの付け根)で、治りにくい(くっつきにくい)部位でもあります。治療技術の進歩で、これらの部位の骨折に対してよい手術療法が開発されていますが、いずれにしてもしばらく安静にしないといけませんし、そのあとのリハビリや生活復帰のことも頑張らないといけません。しばらく寝たきりになると、筋肉の廃用性萎縮が発生しやくなり、高齢の方は特に筋肉量を失うスピードが若い人より何倍も速いというデータが出ております。また、寝たきりは認知症にもなりやすくなります。最近骨粗しょう症の治療薬はいろいろ開発されましたが、治療効果は期待するほどにならず、副作用のほうはきついように思えます。
1、骨のリモデリング現象
骨組織は独特な代謝方式をとっています。骨には生涯を通して、破骨細胞による骨吸収(骨破壊)と骨芽細胞による骨形成(骨再生)というターンオーバーを繰り返しています。この現象を骨リモデリングといい、年間で全骨量の10%に相当する量で行われています。この骨吸収と骨形成のバランスがつねに厳密に調節され、一定の骨量が維持され、20~30歳の間で骨形成が骨破壊を上回り、骨量は最も多いです。50歳までは骨形成と骨吸収はほぼ同じスピードで行いますが、50歳を過ぎたら骨破壊のスピードが骨形成を上回り、骨量は徐々に減少していきます。
2、骨のリモデリングを影響する要素
(1)加齢:年を取ると共に、骨芽細胞外基質に存在する各種の成長因子の生成と活性が下がることに従い、骨芽細胞の再生能力や骨基質の産生も低下します。ところが、破骨細胞の活性が変わることなく、骨量は減少していきます。
(2)ホルモンの変化:女性は閉経に伴い、女性ホルモン(エストロゲン)の分泌は低下してきます。女性ホルモンの低下により、骨再生も低下し、年間の骨量の減少は、皮質骨にて2%、海綿骨にて9%に達しています。30~40年の間でほぼ皮質骨は35%、海綿骨は50%減少すると言われています。
(3)サイトカインの影響:インターロイキン-1(IL-1)や腫瘍壊死因子(TNF)などのサイトカインの一つの働きは、骨髄幹細胞(前駆細胞)から破骨細胞に変換をするのを促進することです。これらの物質の作用で破骨細胞の生成が優位にさせられます。
(4)身体活動量:骨に負荷をかけるようなストレッチ、筋肉を収縮して体を動かすような活動や運動は骨形成を刺激します。高齢者は身体活動力が低下してしまうと、特に寝たきりになれば、骨量は速やかに減少します。
(5)栄養状態:栄養状態というと、主にカルシウムとビタミンDの摂取・貯蔵状態を見ます。骨の化学成分は主にリン酸カルシウムで、ビタミンDは小腸上皮細胞に作用してカルシウムとリン酸の吸収を促す作用があります。ビタミンDの由来は内因性と外因性のものがあり、内因性のものは体内にあるビタミンDの前駆体(7-デヒドロコレステロール)が紫外線の照射を受けて、皮膚で活性化ビタミンDに合成されます。外因性のものは食べ物に存在して脂質と一緒に腸管から吸収されます。そのために、日照不足、栄養不足・脂分の摂りなさ過ぎはビタミンD不足になり、骨の材料となるカルシウム・リン酸の吸収は悪くなります。その他、ビタミンK、ビタミンC、マグネシウムなども関わっています。
(6)薬害による骨粗しょう症:たとえば長期間グルココルチコイド(副腎皮質ホルモン ステロイド剤ともいう)を服用すると骨粗しょう症になります。その原因は、
①ビタミンDの産生とその作用を抑制する。
②消化管からカルシウムの吸収を抑制する。
③カルシウムの尿中への排泄を促進する。
④骨芽細胞の前駆体から骨芽細胞への分化を抑制し、骨芽細胞によるコラーゲンの産生をも抑制する。
結果として骨形成の抑制と骨吸収の促進となります。
次回は骨のリモデリング状態の予測についてみます。
春ですね!
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