どうして鍼灸は効くの(64)?
二、患者さんのからだを最もよく診るのが鍼灸師です
西洋医学の基本な臨床診察法は「望・触・打・聴」です。つまり患者さんの様子を観察し、診察部位を手で触診し、胸部や腹部を打診し、聴診器で聴くという臨床診察法です。この数十年、超音波診断装置(エコー)、コンピュータ断層撮影(CT)、核磁気共鳴画像(MRI)、陽電子放射断層撮影(PET)、内視鏡、人工知能(AI)など素晴らしい医療検査機器の開発・普及によって、西洋医学は新しい時代を迎えました。これら最先端の診療手段は、疾患の早期発見・正確な診断・適切な治療に対する貢献は計り知れません。ところが、これらの検査技術の進歩に従い、臨床ではますます検査データ、画像診断を重要視されるようになり、一部では医師による臨床診察は縮小、省略され、患者さんのからだに触れながら病気を診断したり、聴診器を当てたりする医師は少なくなりつつあります。最近、電子カルテの普及につれ、患者さんの顔を見ずにパソコンの画面上に映る電子カルテだけを見るケースも少なくありません。
鍼灸治療院では病院、クリニックで使われる検査機器はありません。病気を診断するために患者さんの話をよく聞く以外に、患者さんのからだをよく観察して、患者さんの健康状態に関する情報は患者さんのからだから直接取得します。
症例を挙げます。
○画像に映らない病気を発見することがあります。
以前、一人の60代の男性患者さんは太ももの裏に激しい痛みを感じ、総合病院の整形外科へ行ったところ、腰の部分MRI検査で椎間板が磨耗されて薄くなったという所見があったため、坐骨神経痛だと診断されました。鎮痛薬や経皮消炎鎮痛湿布をもらいましたが、痛みは改善されず、鍼治療を求めてご来院されました。患者さんが外ズボンを脱いでうつ伏せになって見ましたら、びっくり仰天しました。腰から膝の後ろまで点々と帯状の疱疹が散在して、既に化膿していました。これは典型的な帯状疱疹ウィルスによる痛みです。この類の病変は痛い局所も同時に診なければなりません。60代の方で、腰の椎間板がすり減るのは加齢によるところが大きく、それによって坐骨神経痛になる可能性はあるものの、今回の痛みの原因とは関係はありません。
○持病から新しい病を見分けます。
ある年の真夏に、一人腰痛の持病をもつ男性患者さんが来院されました。今回来院の原因も腰の痛みでした。問診で聞いたところ、長年の腰痛があり、歩いたり長く立ったりすると腰の痛みは出ますが、横になると痛みはありません。しかし今回の痛みはいつもと違って寝ても立っても、冷や汗が出るくらい激しい痛みでした。患者さんを仰向けに寝かせて、からだを診ます。耳を見たところ、白く小さな結節(痛風結節)は二、三個耳介にありました。そこで患者さんに更に聞いたところ、ここの数年間、尿酸値がずっと高いとのこと。真夏でたくさん汗をかき、習慣的にあまり水分を摂らない、尿酸値は普段から高いと、結石を形成しやすい条件がそろいました。そこで、今回の腰痛は尿酸塩による尿路結石からきた強い痛みの可能性が大きいと判断して、すぐ患者さんに病院へ行くことをお勧めしました。翌日、ご家族からお電話がありまして、この患者さんは病院へ行ったらその場で入院させられ、取り急ぎ石を排出するための点滴治療を受けているとのことでした。
○同じ症状から違う病を見つけます。
夏ばてを訴える中年女性患者さんでした。連日だるくて、食欲もなく、食べた後ときどき胸がムカムカしておなかが張ってしまいます。ご自分で夏ばてではないかとおっしゃいます。診てみると確かに元気のない顔をして、肌にはつやがなく、なんとなく黄色を帯びていました。目を見ると、本来白い結膜は黄色くなっていましたが、脂肪沈着ではなさそうです。いろいろとお話をしているうちに、一ヶ月前から足爪の水虫を治す薬を飲みはじめたとおっしゃいました。もしかすると夏ばてだけではなく、水虫菌という真菌を抑制する抗菌剤のせいかもしれないと思いました。治療が終わった後、患者さんに、できるだけ早めに病院へ行って血液検査をしたほうがよいと、提言しました。二週間後、この方はまた治療に来られて、病院の診断は薬害(水虫の治療薬)による急性肝炎であり、軽い黄疸まで出てきたそうです。その後、今まで飲んでいた抗菌剤はすぐに止め、肝炎の治療を受け全快しました。
○ただの疲れや風邪から重病を見つけます。
一人の男性患者さんで、会社の仕事は非常に忙しくて毎日遅くまで残業していました。ところが、この二、三日は階段を登れないくらいにだるくて息切れをするようになり、それに、風邪を引いたようで咳も出ます。重要なプロジェクトの最中ですので、なんとかここで回復したいとご来院されました。患者さんの声は弱々しくて所々息切れしました。すぐ横になってもらって診察をしたところ、まず両足がむくんでいるのがすぐにわかりました。座り仕事ではないため、足のむくみは運動不足とは関係ありません。おなかを触って特に異常はありません。ただし、胸部を聴診器で聞いたらすぐわかりました。心臓の拍動は不規則で、速かったり遅かったりして、心音の大きさも強かったり弱かったりします。典型的な心房細動でした。そして、呼吸音を聞くと、気管支の炎症があるようなぜーぜー音もします。これは心房細動による心不全だと判断し、これを患者さんに告げて、一刻も早く病院へ行ったほうがよいと勧めました。約1ヶ月後に、この患者さんはまた治療にいらっしゃって、「先生の言った通りにすぐ病院へ行って、循環器内科の診断は先生と同じで、すぐ入院させられました。心房細動による脳梗塞にならないうちに、早めに病院に来てよかったと病院の先生にほめられた」と、教えてくれました。
○常に患者さんの健康状態をチェックして疾患の予防や早期発見をします。
持続的に治療に来られる患者さんのからだを常に診ているため、ちょっとの変化があるとすぐ発見でき、そのつど適切なアドバイスをします。例えば、足のむくみがひどくなったら、糖尿病が進んでしまっているのではないかと生活上の注意を促します。毛細血管が拡張して、静脈瘤が進行するのを予防するための注意事項を伝えます。足に化膿する箇所があって、そこに赤い線ができた場合、これは既にリンパ管炎になった可能性が大きいですので、すぐ抗生物質を使わなければ危険だと言います。元々脳梗塞の後遺症がありますが、今回は発熱をし、足が腫れて痛い、でも風邪のような呼吸器の症状はないと、これは足の蜂窩織炎になったでしょうから、早く病院へ行ったほうがいいですよと伝えます。おなかの皮膚にぶつぶつ赤い湿疹が広く散在していますが、現在飲んでいる花粉症の薬に対するアレルギーかもしれないため、どうしても薬を飲まなければならないなら、主治医の先生に皮膚症状を伝えて、別の薬を検討してみてはいかがでしょうと言います。寝るときにはありませんが、立つとおなかにこぶが膨らんでいる患者さんの場合、腹壁ヘルニアの可能性がありますから、念のために一度病院に行ったほうがいいでしょうと勧めます。などなどです。患者さんからも「これは大丈夫ですか」「このことで病院へ行った方が良いですか」「この症状は心配しなくてもいいですか」といろいろなご相談があり、そのつどに患者さんの立場に立ち適切な助言をし、健康状態をモニターします。
何があっても、春は予定通りやってきます。
カワセミの女の子らしいです。
写真はわかりづらいですが、この子、大きな魚を口にくわえ、誇らしげです^-^。
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