どうして鍼灸は効くの(57)?
ここのところしばらく、免疫系統に対する鍼灸治療の作用を見ておりますが、今日はCD4/CD8と鍼灸の関係を考えます。
3、CD4/CD8のバランスに対する調節作用
CDというのはcluster of differentiation の略語で、T細胞の表面に発現している糖タンパクで、細胞表面抗原あるいはマーカー分子として機能しています。その構造と機能の違いでCD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞に分かれます。
CD4陽性T細胞(CD4)はTh1細胞、Th2細胞、Th17細胞などのヘルパーT細胞や制御性T細胞(Treg細胞)へ分化し、主要組織適合抗原Ⅱ分子(MHCクラスⅡ分子)と特異的に結合します。B細胞の分化成熟を促進し、抗体(免疫グロブリン)の産生を誘導し液性免疫を助けます。
T細胞以外にCD4が単球、マクロファージ、樹状細胞などの免疫細胞の表面にも発現しています。
CD8陽性T細胞(CD8)はキラーT細胞(細胞傷害性T細胞)へ分化し、主要組織適合抗原Ⅰ分子(MHCクラスⅠ分子)と特異的に結合します。キラーT細胞はウイルス感染細胞や癌細胞を認識し、パーフォリンやグランザイムといったアポトーシス誘導因子を放出することでこれらの細胞に直接アポトーシス(細胞死)をもたらします。CD4はB細胞からの抗体産生(液性免疫)を促進するしますが、CD8はB細胞の抗体産生を抑制します。
CD8がナチュラルキラー(NK)細胞、樹状細胞にも発現しています。
成熟T細胞のうち、CD4陽性は約60%、CD8陽性は約30%です。つまり健常人の場合はCD4/CD8の比は約2:1前後で、CD4とCD8のバランスは常に恒常状態に保たれています。しかしそのバランスが崩れる時、様々な病態が現れてきます。例えば、CD4/CD8の比が高い状態なら、臨床では膠原病などの自己免疫疾患、アレルギー疾患(液性免疫亢進)、細菌による感染症などになりやすい。CD4/CD8が低いなら、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、ヒトT細胞性白血病ウイルス(HTLV-1)感染による後天性免疫不全症候群(AIDS)、成人T細胞白血病(ATL)が見られます。他にCD4減少による原発性胆汁性肝硬変、CD8増加による伝染性単核球症などが報告されています。
以上の疾患だけではなく、実際にCD4/CD8のバランスは様々な組織・臓器の生理&病理状態に影響を与えます。中医学の学者・臨床家たちによる長年の研究により、鍼灸の刺激はCD4/CD8の比を本来あるべき恒常状態に戻し・保つことができるという結論を出しました。
長春中医薬大学はラット実験で鍼灸による喘息治療のメカニズムを研究したところ、鍼刺激で鼻分泌液中のIgAと血液中のIgE量が減少し、高かったCD4/CD8の比を降下させることで喘息発作が治まることが見られました。
河南省中医薬研究院付属病院は42歳の女性エイズ感染者に対して5ヶ月の温灸治療を施した結果は、CD4/CD8の比は0.27から1.66に上昇させ、発熱の症状は治まり、他の自覚症状もほとんど改善されました。
上海中医薬大学付属曙光病院と上海市肺科専門病院は163名の肺切除患者に対して、薬物による全身麻酔前の誘導性鍼麻酔や術中鍼麻酔を行っていました。通常手術後に患者の免疫力が低下し、CD4、CD8が共に少なくなり、CD4/CD8の比が低下するため、感染症などの合併症が起こりやすくなります。ところがこういう変化は、薬物と鍼複合麻酔を受けた患者たちには見られなく、CD4/CD8の比は高いレベルで維持されていました。同大学の岳陽付属病院は10名の胃癌、大腸癌、肝臓癌の患者に同様な薬物・鍼複合麻酔で摘出手術を行った後、CD4/CD8の比(⁻x±s)が2日目から上昇はじめ、5日目にピークになり、術後の1.70±0.92/1から2.05±0.80/1に上昇した。鍼によるツボへの刺激は手術による免疫機能低下を防ぎ、術後の回復を助ける効果があると考えられています。
新疆医科大学付属腫瘍専門病院は、35名の大腸癌患者に対し、癌摘出手術の翌日から鍼治療と棒灸治療を同時に行い、1日1回、10日を続けた後にCD4/CD8の比(⁻x±s)を測定し、鍼灸治療をしていない35名の大腸癌術後患者(対照組)と比較したところ、鍼灸治療を受けた患者のデータは手術前の0.89±0.43から1.27±0.44に上昇しましたが、鍼灸治療を受けなかった患者(対照組)は手術前の0.95±0.40から1.03±0.64になったものの、ずっと低い状態が続いていました。全身麻酔による大手術は患者の体にとって大きなストレスです。このストレスによって、生体の二つ反応系が活性化します。一つは視床下部―交感神経―副腎髄質(SAM)系、もう一つは視床下部―下垂体―副腎皮質(HPA)系です。その結果はアドレナリン・ノルアドレナリンと糖質コルチコイドなどの副腎ホルモンが大量に分泌され、免疫抑制作用が働き、術後免疫低下の原因となります。その中で、鍼灸治療を受けた患者においては、免疫低下状態は改善されたと言えます。
南京中医薬大学は実験用ラットで自己免疫性神経炎(EAN)モデルを作り、ラットに症状が現れたのは20日後で、その一部のモデルラットに対して21日目から1日1回、10日間の鍼によるツボ刺激(治療グループ)を行いました。鍼治療を受けない(モデルグループ)ラットのCD4陽性T細胞の数は大きな変化がないが、CD8陽性T細胞の数はかなり減少した結果、CD4/CD8の比は高くなってしまいました。治療グループのCD4もほとんど変わりませんが、CD8の数が正常に近いレベルで維持しましたので、CD4/CD8の比値は健常グループのラットとの差は少ないです。そして、もう一部のモデルラット(薬物治療グループ)に21日目から免疫抑制剤(副腎皮質ホルモン)を服用させた結果、CD8がモデルグループより高くなりましたが、CD4がかなり低くなったため、CD4/CD8の比が著しく低下して、感染症による死亡したラットまでも出てしまった結果となりました。
ほかに、老衰モデルのねずみが温灸で胸腺、脾臓の重量が増え、CD4/CD8の比が高くなり、老化による免疫低下を防ぐことができるという報告もありました。このことは我々人間においても同様な治療効果があると考えられ、以前のブログ(2017年9月15日に公開、「鍼談灸話(6):老化を引起す慢性炎症に対する鍼灸治療③―胸腺の退縮」)でも言及しておりますので、ご興味のある方はご参考にしていただければと思います。
枚挙できませんが、鍼灸治療でCD4/CD8のバランスを調節でき、感染症、アレルギー疾患、自己免疫疾患などの免疫系バランスの乱れによる症状・疾患に対する治療効果に関するエビデンスがこうした数多くの動物或いは臨床実験から得られていました。
野良ちゃんも暑いよ!曇りの日はまだ少し助かります^-^。
青いトンボ!やはり綺麗ですね!子供の頃、夏はトンボと蝶々を追う日々でした!
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