どうして鍼灸は効くの(51)?
鍼灸による免疫向上作用
鍼と灸を別々に見ていきましょう。
5-1、鍼と免疫
1、鍼の局所作用
①マスト細胞
二月になると、花粉症をお持ちの方には一部症状が出始めてしまうかもしれません。うちの治療院では一月の末ぐらいから花粉症の鍼灸治療を始めておりますが、病院で花粉症の薬をもらう方は、対症療法ではあるものの、即効性のある「抗ヒスタミン薬」という類の薬をよく目にするか思います。このヒスタミンを分泌する自然免疫にかかわるマスト細胞から、今日の話を始めたいと思います。
鍼をツボに刺鍼すると、皮膚を通過して、筋肉のある深さまで届きます。ツボの多くは結合組織、血管、神経の多いところに位置しています。皮膚、粘膜、結合組織、血管、神経の周辺に最も多く広く分布している免疫細胞はマスト細胞(mast cell 肥満細胞)で、その次に結合組織に広く分散しているのはマクロファージです。
マスト細胞は骨髄造血幹細胞由来の細胞で、細胞体内に数多くの貯蔵顆粒が詰まっていて、細胞表面にIgE抗体*1に対して非常に高い親和性を持つ受容体が表出しているため、受容体には常にIgE抗体が結合している様態です。IgE抗体が認識する抗原が現れると直ちにそれと結合することで、マスト細胞の中に一連の生化学的シグナルは誘発されます。このシグナルは結果としてマスト細胞から顆粒を脱出させ、様々な伝達物質の放出を起こします。
活性化されたマスト細胞は三つの行動を起こします。まず、貯蔵顆粒を放出(脱顆粒)し、そして細胞内で脂質性伝達物質(脂質メディエーター)を合成し放出します。最後に活性化の晩期反応としてサイトカインの合成・分泌が起こります。マスト細胞の脱顆粒は即時型アレルギー反応(Ⅰ型アレルギー反応)に関わります。花粉症、気管支喘息、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎などは即時型アレルギーに分類されます。
即時型アレルギー反応は花粉、アレルゲンに汚染された大気など抗原の侵入によって引き起こされますが、外傷や熱傷などの物理的傷害でもマスト細胞の脱顆粒を促すことができます。鍼灸刺激は、ある程度このような物理的傷害に相当しますが、アレルギー反応を引き起こすことはありません。むしろ、鍼灸治療は上記のアレルギー性疾患にとても良い治療効果をもたらします。脱顆粒しても必ずしもアレルギー反応を引き起こすわけではないのです。
東洋医学は治療効果を高めるため、刺鍼してから体に潜める「正気」(つまり、あらゆる病気、邪気に対抗するための元気)を起こし、更に正気を遠くまで送る(「得気」或いは「循経感伝」)よう、様々な手技(技法)をしなければならないと考えています。鍼灸臨床で最もよく使う手技は提挿(鍼を上に引き上げたり下に押し入れたりすること)と捻転(鍼体を左右回転させること)です。治療目的に応じて鍼を繰り返して上下に提挿したり、鍼体を何回も捻転したりすると、組織線維が鍼体に絡み巻いて断裂したり傷ついたりすることがあります。このような物理的傷害はマスト細胞を活性化し、脱顆粒や種類豊富なメディエーター*2の放出などを引き起こします。鍼刺激によるマスト細胞の脱顆粒現象は蛍光顕微鏡ではっきり確認できております。脱顆粒後のマスト細胞の形が不規則で、輪郭がぼやけて中に残った顆粒が小さくなり、放出された顆粒は組織間隙を広く分布しています。
マスト細胞は最も多種類のメディエーターを放出できる免疫細胞で、刺激を受けてからすぐに(数秒ないし数分)放出される物質は血管作動性アミン類で、ヒスタミン、トリプターゼ、セロトニン、好酸球走化性因子(ECF)、好中球走化性因子(NCF)などが含まれます。また合成し放出される脂質性伝達物質はプロスタグランジンD₂(PGD₂)、ロイコトリエンC₄・D₄・E₄(LTC₄、LTD₄、LTE₄)、血小板活性化因子(PAF)などがあります。そして細胞で合成し分泌されるサイトカインは腫瘍壊死因子α(TNF-α)、ケモカイン、インターロイキン4、5、13(IL-4、IL-5、IL-13)、GM-CSFなどがあります。これらのメディエーターやサイトカインの機能を簡潔にまとめると、次のようになります:
◇ヒスタミン:血管拡張、血管透過性の亢進、内皮細胞の活性化を促進します。
◇トリプターゼ:中性セリンプロテアーゼ*3であり、マトリックス(細胞間質)を切断し、プロテアーゼ受容体を介して免疫応答を促進します。
◇セロトニン:免疫系での作用は皮膚・骨格筋血管の拡張、血管透過性亢進などです。
◇ECF:好酸球遊走刺激因子として働き、好酸球*4を炎症局所に引き寄せます。
◇NCF:好中球遊走刺激因子として働き、好中球*5を感染巣へ集結するように動員します。
◇PGD₂:血管透過性の亢進、赤血球の柔軟化、気管支平滑筋の収縮・粘液分泌の増加、白血球の活性化・炎症部位への遊走を促します。
◇LTC₄、LTD₄、LTB₄:気管支平滑筋の収縮・粘液分泌、血管透過性亢進、即時型アレルギー反応増強作用。
◇PAF:血小板凝集、血管透過性亢進、平滑筋(気管支・小腸など)収縮、白血球浸潤、好酸球遊走、血圧降下などの作用。
◇TNFα:腫瘍細胞の壊死(抗腫瘍作用)、リンパ球増殖、マクロファージやNK細胞*6の活性化、IFN-γ*7産生の誘導、白血球の活性化による細胞内寄生菌の殺菌、血管内皮細胞セレクチン(接着分子)発現向上による白血球血管外への遊走促進、炎症細胞のアポトーシス(細胞死)誘発による炎症の収束・修復、血管透過性亢進、血圧降下などの作用。
◇ケモカイン*8:好中球、単球*9、Th₁細胞、CD₄陽性T細胞、CD₈陽性T細胞、NK細胞、B細胞*10などの遊走を促進する作用。
◇IL-4、IL-5、IL-13 *11:IL-4はアレルギー反応に関与し、B細胞の増殖とT細胞やマスト細胞の分化を助け、IgG1抗体、IgE抗体の生成、Th₂細胞の増殖や分化を促進し、リンパ球や単球の血管内皮細胞への接着を促進します。IL-5はB細胞の分化・増殖を増強し、IgM・IgA・IgG3の産生を促進します。好酸球の分化・増殖・活性化・遊走を促進します。IL-13はB細胞を増殖させ、抗体産生を増加します。マクロファージを刺激して急性反応を誘導します。IL-4、IL-5、IL-13は液性免疫*12に多大な作用をします。
◇GM-CSF*13:多能性造血幹細胞に作用して、顆粒球・単球/マクロファージなどの白血球への誘導・分化・増殖、細胞性免疫の完成を助けます。
今まで、マスト細胞は即時型アレルギー反応の元凶として、悪いイメージのほうが強いですが、マスト細胞は皮膚、粘膜、皮下組織、結合組織、血管の周囲、胃腸粘膜、肺胞上皮などあらゆる場所に広く存在し、皮膚・粘膜だけに1兆個があると言われております。こんなに生体内に常時広く数多く存在しているのに、常時全員にアレルギー反応を起こしているわけではありません。複数の悪条件のそろった状態で一部の方だけにアレルギー反応が起こります。むしろここで一度、マスト細胞のもう一面、つまり以下のような免疫増強効果に注目していただきたいです:
○マスト細胞がTNF-αなどのサイトカインやケモカインを合成・分泌する作用を持ち、免疫機能を促進・調節します。
○マスト細胞表面にToll様受容体*14が発見され、生体の自然免疫の一役を担っています。
○マスト細胞から放出される物質の血管拡張作用や赤血球柔軟化作用は微小循環の改善や血行促進効果をもたらします。
○原虫、寄生虫に感染された生体の病態発見、防御誘導や排除にも重要な役割を果たしています。
「鍼治療の効果はマスト細胞の脱顆粒から始まる」と主張する中医学の専門家もいるぐらいですが、鍼灸治療は免疫を高めると同時に、アレルギー反応とサイトカインストームを抑えられるのは、もちろんマスト細胞との関係性だけでは十分に説明できませんので、今後徐々に別の角度から解説していきます。
鍼灸と免疫との関係は莫大な研究テーマになります、今すでにわかった内容はきっと全体におけるごく一部で、むしろこれからです。免疫学、化学、生理学、薬学、鍼灸など関係する各分野の研究者や臨床実践者の共同研究作業が引き続き必要です。
*1 IgE抗体:抗体は免疫グロブリン(Ig)とも言います。Bリンパ球が抗原の刺激を受けると形質細胞に分化し、大量の抗体を分泌し液性免疫を引き起こします。抗体には、IgG、IgM、IgA、IgD、IgEという5種類のアイソタイプが存在し、中ではIgG、IgM、IgAは循環血液中の95%を占めますが、IgEは血液中にごくわずかで、主にマスト細胞に付着しています。
*2 メディエーター:生化学用語で、媒介物質という意味です。生体ではマスト細胞、白血球など免疫細胞から作られるもの(細胞由来)と肝臓で作られ血液中に放出するもの(血漿蛋白質由来)に分別されます。サイトカインはマスト細胞、マクロファージ、リンパ球、内皮細胞などで作られ放出されるメディエーターです。
*3 プロテアーゼ:たんぱく質のペプチド結合を加水分解する酵素の総称です。たんぱく質の分解によるたんぱく質の吸収、体内の不要たんぱく質の処分とリサイクル、免疫活性の調節などの役目を果たします。
*4 好酸球:白血球には顆粒球、単球、リンパ球があり、顆粒球はまた好酸球、好中球、好塩基球に分けられます。好酸球は弱い貪食(細菌を飲み込む)作用がありますが、主にアレルギーの遅発反応、寄生虫幼虫の殺虫、抗原抗体複合体の処理、ヒスタミンの不活性化、アレルギー反応の制御などに務めます。
*5 好中球:白血球の半数以上は好中球です。マスト細胞から放出されるNCFやLTB₄などの遊走刺激因子により、偽足を伸ばして血管外に出てきます。血管外でアメーバ様な運動をしながら感染巣まで到達します。生体に侵入してきた細菌、真菌類などを貪食・分解・殺菌することにより、生体に対して重要な防御機能を果たします。
*6 NK細胞(Natural Killer 細胞):骨髄で分化・成熟するリンパ球で、通常のT細胞やB細胞のように特異的抗原認識機構(抗原レセプター)を持たないのですが、非特異的受容体(NKレセプター)によって標的細胞(ウイルス感染細胞、腫瘍細胞など)を認識し、直ちに攻撃できます。このような非特異的免疫応答は非常に重要な自然免疫です。NK細胞以外に、NKT細胞もあります。NKT細胞はT細胞の1種で、他のT細胞と同じように胸腺で分化・成熟するリンパ球です。NK細胞とNKT細胞は似ている細胞表面抗原を持ち、似た働きをしますが、違うサイトカインを産生し、違う抗原レセプターを持っています。
*7 IFN-γ(インターフェロンγ):サイトカインの一つ、T細胞、NK細胞、NKT細胞から産生されます。マクロファージによる細胞内寄生菌の殺菌を促進し、IgE抗体の産生を抑制するなどの作用がある。
*8 ケモカイン:白血球などの細胞を組織へ遊走させる作用を持つ物質で、システイン配列の違いよりCC、CXC、C、CX3Cの4種類に分類されます。ケモカインを生成する細胞はマスト細胞以外に、単球、T細胞、線維芽細胞、樹状細胞、マクロファージ、腸管細胞などがあります。マスト細胞はCXCケモカイン、CCケモカインを産生します。
*9 単球:血液は血漿(55%)と血球(45%)から構成されます。血球には赤血球と白血球があり、白血球には顆粒球(60~70%)、リンパ球(20~30%)、単球(5%)があります。単球も骨髄の造血幹細胞から作られ、血中に1日くらい存在して組織や内臓に入ります。結合組織に入った単球は膨大化してマクロファージに変身、数ヶ月から数年もとどまります。肝臓に入った単球はクッパー細胞、脾臓・肺臓では大食細胞(肺・脾マクロファージ)、脳にはグリア細胞、皮膚にはランゲルハンス細胞・樹状細胞などに分化します。単球細胞質にある小器官は、特に粗面小胞体、水解小体が発達で、活発な食作用を持ちます。
*10 B細胞:リンパ球にはB細胞とT細胞に分けられます。B細胞も骨髄造血幹細胞に由来する細胞で、血流により脾臓へ移動して成熟B細胞に分化します。B細胞は主に脾臓、リンパ節、消化管の粘膜組織に分布し、外来性抗原に反応し抗体を産生・分泌することで、液性免疫を担っています。
*11 インターロイキン(IL):サイトカインの一族で、かつて「リンフォカイン」(リンパ球が産生するもの)「モノカイン」(単球やマクロファージが再生するもの)と呼ばれましたが、1979年に統一されたんぱく質の順に番号をつけて呼ぶようになりました。現在は30種類以上で、免疫機能の調節や細胞間の情報伝達などに重要な役割を果たしています。
*12 液性免疫:免疫を担うものは免疫物質と免疫細胞です。主に血液や体液に存在する抗体、補体、サイトカインなどのたんぱく質分子(免疫物質)による免疫は液性免疫といいます。一方でマクロファージ、好中球、リンパ球(とくにNK細胞・NKT細胞)などの免疫細胞が主役とする免疫は細胞性免疫です。免疫系で液性免疫と細胞性免疫のバランスは非常に重要となります。液性免疫が強すぎるとアレルギー性疾患になりやすく、逆に細胞性免疫が強過ぎると自己免疫性疾患を患いやすい。液性免疫と細胞性免疫のバランスに強く関与するのはTh(ヘルパーT細胞)1とTh2のバランスです。
*13 GM-CSF(顆粒球単球コロニー刺激因子):サイトカインの一種で造血成長因子です。IL-3,5と協力して多能性造血幹細胞を骨髄系前駆細胞(CFU-GEMM)に分化し、前期赤芽球系前駆細胞、顆粒球・単球・好酸球・好塩基球形成細胞に分化させます。さらに赤血球、好中球、単球・マクロファージ、好酸球、好塩基球に分化します。要するに、GM-CSFは血球、特に細胞性免疫の主役である白血球の分化・誘導・形成・増殖に対して重要な働きをします。そして、骨髄造血刺激、免疫賦活作用以外に、好中球・好酸球の走化因子としても作用し、好中球・マクロファージのエフェクター機能を増強する作用をも持ちます。
*14 Toll様受容体(Toll-like receptor TLR):細胞表面に存在する外来性微生物を認識する機能を持つたんぱく質で、現在すでに11種類のTLRが同定されています。マスト細胞には少なくとも4種類が発見されています。樹状細胞、マクロファージなどの抗原提示細胞にあるTLRは外来の微生物外膜分子構造を認識し、自然免疫系を動員して食細胞の貪食機能を活性化し、生体を病原菌から防御します。
河津桜も咲き始めました!
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