どうして鍼灸は効くの(50)?
五 免疫系統に対する鍼灸の調節作用
人体の免疫異常とは本来であるべきバランスが崩れ、免疫の過不足状態です。つまり、以下のように免疫系統にかかわる疾患を分類できます:
〇免疫不全:免疫が低下、先天性と続発性があります。今の新型コロナウィルスによる感染症を始め、あらゆる感染症や伝染病にかかりやすくなります。また、よく聞く悪性腫瘍(がん)、帯状疱疹、歯周病なども免疫力の低下が招いた病気です。
〇自己免疫疾患:免疫系統の誤認・過剰防衛により、自分自身の正常組織まで攻撃してしまいます。例えば、関節リュウマチ、Ⅰ型糖尿病、バセドウ病、一部の不妊症、全身性エリテマトーデス、自己免疫性肝炎などが自己免疫疾患に該当します。
〇アレルギー:無害の物質に対する免疫系統の過剰反応です。花粉症、喘息、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎なとがよく聞きます。また、アレルギー反応が複数の臓器など全身に激しく出ると、アナフィラキシーショックを起こし、命の危機に直面することもあります。
鍼灸による免疫系疾患治療の過去と現在
数千年前に、最初に石の鍼(尖った石)や火を使って治療した症状はおそらく痛みの症状や感染症だと思われます。実際に抗生物質が開発されるまでの数千年の間、下痢・肺炎などの感染症や結核・腸チフスなどの伝染病などに対する治療手段は鍼灸が主役でした。
俳人の芭蕉は長い旅に出かける前や旅の途中に必ず足の三里というツボに自家製のお灸を据えていたと言われております。それは健脚のためだけではなく、旅中の感染症予防のためでもあったと思われます。
うちの患者さんで80代前後の方々に時々聞かされるのは、子供の頃に肺結核になり、母親に連れられお灸の治療を受けていた後、結核が治ったという話です。このような患者さんにお灸もしてさしあげると、皆さまが喜んでくださいます。また、60代前後の患者さんからも、昔ご両親がよくご自宅でお灸をしていたという話も聞きます。
1959年4月号の《陝西医薬衛生》に載った調査書には、インフルエンザ流行地域で800名の健常者に感染予防の目的で鍼治療を行ったところ、その年にインフルエンザを発症する被験者は一人もいなかったという結果報告がありました。
同じく中国では、「文化大革命」が終焉した年(1976年)から、対外開放・経済改革などの政策実施により、医療事情は年々改善されましたが、それまでに農村地域では無医村・無薬村が数多くありました。当時総人口の8割を示す農家たちは自分たちで野生のヨモギを採り、自家製のもぐさを作っていました。人々を苦しめていた肺炎、下痢、肝炎、腸チフス、脳炎などの感染症、原虫感染のマラリア、線虫感染の住血線虫症・糸状虫症、吸虫感染の肝吸虫症・住血吸虫症などの寄生虫病に対し、お灸は大勢の命を救ってきました。そして、鍼灸の世界的普及活動により、今でも医療や経済的に恵まれていない国・地域の人々は自家製のお灸や皮膚に簡単に貼り付けるだけの鍼(数ミリ程度の非常に短いステンレス製鍼)を病気の予防・治療に活用しています。日本では、鍼灸治療院はもちろん、製造メーカにより開発された種々なお灸は一般の方々も据えやすいようになっていますので、例えば、風邪、胃腸炎、膀胱炎、冷え性、生理不順、不妊症などの身近にある症状はご家庭でも、お灸を据えることで予防・補助治療したりできます。
感染症・伝染病、悪性腫瘍の予防・治療以外に、鍼灸はアレルギー性疾患・自己免疫疾患の予防と治療にも予想以上の効果を収めます。一つの症例を挙げます、スティッフパーソン症候群(stiff person syndrome SPS)という珍しい難病にかかった少女の治療です。脳内の神経伝達物質の一つであるγ-アミノ酪酸(GABA)がGADという酵素によって合成され、抑制性アミノ酸として働きます。SPSは何らかの原因により体内でGADに対する抗体が産生され、GABAの生成は少なくなる病気です。GABAの抑制作用がうまく働かないと、全身の筋肉が異常に収縮し硬くなり、特に呼吸筋の痙攣が起こると非常に危険状態になってしまいます。この少女は長年入退院を繰り返し、重篤状態に陥っていました。いつもご両親の付き添いで治療に来ていましたが、初回の治療でちょうど彼女が重い全身痙攣が起きていました。ところが刺鍼した瞬間、痙攣が止まりました。その後、週に2回の治療で病状がどんどん改善され、ついに彼女は一年ぶりにご自分の足でトイレまで歩けるようになりました。少女の病状は劇的に回復した様子を見て、鍼灸治療の無限な可能性を感じました。
ただ残念なことに、現在の日本では西洋医学への一辺倒傾向が強く、衛生施策、教育・医療現場において鍼灸医学の存在感が薄く、鍼灸医学とそれに基づく養生論に関する啓蒙活動、研究サポートも十分とは言えません。また各地にある鍼灸院の治療レベルのバラつきもあり、時には人々の鍼灸治療に対する不信感を招いてしまうことも否めません。鍼灸が免疫系疾患の治療における認識度はまだ非常に低いのは現状ですが、シリーズの次回からはしばらく、鍼灸治療と人体の免疫系統との関係を一部示していきます。
治療院の玄関外から見る都心の夕焼け。
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