どうして鍼灸は効くの(49)?
前回は神経栄養因子と鍼灸治療の関係を見てきましたが、今日は「PPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ)」の話をさせていただきます。
9、PPARγ(Peroxisome Proliferator-Activated Receptorγ)
PPARγを日本語に翻訳すると「ペルオキシソーム*30増殖因子活性化受容体γ」、「ペルオキシソーム増殖因子応答性受容体」などになります。PPARはα、β/δ、γの3種類のサブタイプが存在し、PPARγには3種類以上のアイソフォームが存在することで知られています。PPARγ1は血管・心臓、筋肉、腎臓、肝臓、膵臓、脾臓、骨髄など多くの組織で、PPARγ2は主に脂肪組織に、PPARγ3はマクロファージなどの免疫細胞、白色脂肪組織、大腸などで発現されています。
PPARγは、核内受容体スーパーファミリー*31に属するたんぱく質で、リガンドと結合すると核内に移行しDNA上のPPAR応答領域(PPRE)に結合してDNAの転写を制御します。PPARγは受容体として機能すると同時に転写因子としても働いています。PPARγは数多くの内因性リガンド(酸化LDL、長鎖脂肪酸、ニトロリノール酸、エイコサノイド、15-デオキシ-Δ12,14-プロスタグランジンJ2、リゾリン脂質など)と結合できるので、さまざまな生理活性を持ちます。
(1)血糖降下作用
脂肪は単なるエネルギーを貯蔵する組織のみではなく、生理活性物質を分泌する内分泌器官として考えてもいいです。脂肪細胞からアディポネクチンやレプチン(食欲抑制作用と体重減少作用)、腫瘍壊死因子α(TNF-α)(筋肉・脂肪・肝臓における糖の利用を押さえ、インスリンの効き目を悪くする作用)、プラスミノーゲン活性化因子インヒビター(PAI-1)(血液線溶系活性を低下させ、止血作用がありますが、血栓ができやすいよう働くこともあります)、アンギオテンシノーゲン(強い血管収縮作用)などの生理活性物質が分泌されます。これらの脂肪由来の生理活性物質はアディボサイトカインと称されています。
ここで特に紹介したいのはアディポネクチンです。アディポネクチンが膵臓から分泌されるインスリンへの感受性を亢進させ、血糖を降下する作用があります。また、アディポネクチン遺伝子のプロモーター領域にPPAEが存在しますので、PPARγが結合するとアディポネクチンの産生が促進される。ところが、小さい脂肪細胞はアディポネクチンの分泌が旺盛ですが、肥大化につれて分泌は悪くなってしまいます。しかし、PPARγは前駆脂肪細胞から小型脂肪細胞への分化誘導作用があると同時に、肥大化した細胞のアポトーシスを促進する作用があるため、脂肪細胞の小型化は実現できるようになります。肥大化した脂肪細胞のTNF-αの産生は亢進するものの、細胞小型化につれTNF-αの生成は減少するため、TNF-αのインスリン抵抗性作用は抑制できます。
以上のメカニズムでPPAR-γはインスリンの感受性増強、血糖降下作用を示します。
(2)動脈硬化抑制作用
大規模の臨床試験で、PPAR-γアゴニストを使って患者の動脈硬化が改善(血管内中膜複合体厚度が減少した)され、重大な心血管症状の発生も減少したという結果が得られました。そのメカニズムはコレステロール逆輸送系の賦活化であると考えられています。
コレステロールはヒトにとって不可欠な栄養素で、体内にあるコレステロールの3割は小腸で吸収された食物由来で、7割は肝臓で合成されたものです。コレステロールは脂質で、簡単に血液に溶け込まないため、たんぱく質と複合体を作ってリポタンパクになります。リポタンパクの密度によってキロミクロン(VLDL:超低密度リポタンパク)、中間密度リポタンパク(IDL)、低密度リポタンパク(LDL)、高密度リポタンパク(HDL)、更に高い密度のリポタンパク(VHDL)など5種類に大別され、リポタンパクは運び屋として働いています。LDLは肝臓で合成されたコレステロールを体の隅々に届けていきますが、HDLは逆に体の各所で余ったコレステロールを肝臓に戻す働きをするため、逆輸送系ともいわれます。体内のコレステロールのバランスと恒常性はこの輸送系の統合性によって保たれています。
もしLDLが多すぎる、或いはHDLが少なすぎると、余ったLDLはサイズが小さく、弱くなった動脈血管内皮に入り込みやすくなります。血管壁内に入ったLDLは酸化されやすく、免疫細胞のマクロファージは酸化されたLDLを処分しようと、それを取り込んで泡沫細胞に変化してしまいます。泡沫細胞が血管壁に溜まれば、血管壁が肥厚化して内腔が狭くなり、これが動脈硬化のメカニズムです。
最近、動脈壁からLDLを排出する働きをする輸送たんぱく質群*32が発見されました。それは、ATP加水分解で産生するエネルギーを利用して、低分子化合物を輸送する細胞膜たんぱく質ファミリー:ABCたんぱく質ファミリーです。ABCたんぱく質ファミリーには50〜100種類があると想定されていますが、現在同定されたのは49種類です。また、ABCAからABCGまで7つのサブグループに分類され、中のABCA1とABCG1はコレステロールの逆輸送に関与すると明らかにされました。ABCA1とABCG1は動脈壁、マクロファージや末梢組織細胞からLDLを排除する働きがあるだけでなく、HDLの形成にも関与することは分かりました。そのため、ABCたんぱく質ファミリーは動脈硬化抑制機能を持つと言えます。
近年、PPARγはABCたんぱく質ファミリーを活性化する働きがあることがわかり、つまり、PPARγは動脈硬化を抑制する機能もあります。
(3)抗腫瘍作用
PPARγの抗腫瘍作用のメカニズムは次の通りです。
① 細胞(分裂)周期は分裂間期(inter phase)と分裂期(Mitotic phase M期)に分けられます。分裂間期にはG1(Gap1)期、S(Synthesis)期、G2(Gap2)期に分けられます。G1期は細胞が大きくなり、DNA複製に使う酵素や細胞小器官の合成は盛んに行い、細胞内代謝は最も活発で、次のDNA合成準備ができている時期で、成長期ともいわれます。S(合成)期はDNA複製が行われる時期で、G2期は有糸分裂と細胞質分裂の準備ができている時期です。M期は有糸分裂と細胞質分裂が連続的に行われる時期です。
一段階前の期間が順調に進行・完了すると、次の期間が開始します。つまり細胞はG1-S-G2-M-という周期で分裂し続け、腫瘍細胞は例外ではありません。ところで、PPARγは腫瘍細胞分裂のG1期を抑制する作用があるとわかっており、つまり腫瘍細胞の増殖を初期段階から抑える作用があると考えられます。
② 腫瘍細胞のアポトーシス(自殺)を誘導する作用を持ち、ここでも腫瘍の増殖を抑えています。
③ 血管新生の抑制作用もあると言われ、血管新生が正常細胞よりも盛んに行われている腫瘍細胞の増殖には不利な環境を作るため、腫瘍抑制作用があると考えてもいいです。
(4)抗炎症作用
PPARγはNF-κBの活性化を抑制する作用を持っています。NF-κBは核内たんぱく質の一つ、転写因子として炎症性遺伝子プロモーター領域に結合して各種サイトカインや細胞接着分子(膜たんぱく質であり、細胞間の相互連結・作用に関与)などの産生を促進します。そのため、NF-κBの活性化制御がうまくいかなければ、慢性関節リウマチなどの炎症疾患、悪性腫瘍の増悪・転移、炎症の悪化による敗血病性ショックなどが起こる可能性があります。PPARγはNF-κBのDNA結合を抑制できるため、炎症反応、腫瘍悪化などにも抑制的に働きます。
では、鍼灸はPPARγに対してどんな働きをするのか。
中国解放軍総医院鍼灸科(北京)は肥満モデルラット(モデル組)を作り、毎日1回刺鍼し、15日間治療を続けた(治療組)後に血液総コレステロール(TC)、中性脂肪(トリグリセリド・TG)、低比重リポタンパク(LDL)、肝臓のリポタンパクリパーゼ(LPL)*33とHL(肝リパーゼ)*34、脂肪組織中のPPAR-γmRNAを測定しました。
単位:(⁻x±s,mmol/L)
TC |
TG |
LDL |
|
健常組(12匹) | 1.375±0.292 | 1.397±0.586 | 0.169±0.055 |
モデル組(12匹) | 2.229±0.707 | 1.216±0.520 | 1.094±0.518 |
治療組(12匹) | 1.556±0.728 | 1.121±0.873 | 0.797±0.409 |
LPLとHLの活性状態は次のようになります。
単位:(⁻x±s, U/mg prot)
LPL |
HL |
|
健常組(12匹) | 2.341±0.772 | 2.806±0.928 |
モデル組(12匹) | 1.525±0.493 | 1.376±0.302 |
治療組(12匹) | 2.011±0.656 | 2.790±0.743 |
腎臓周囲の脂肪組織のPPAR-γmRNA発現レベルは、健常組が0.664±0.046(⁻x±s β-actin)、モデル組が0.616±0.051、治療組が0.747±0.068となっています。
以上の結果から見ると、肥満モデル組ラットの総コレステロールと悪玉コレステロール値は健常組より高くなっていますが、肥満ラットが鍼治療を受けた(治療組)後から減ってきたことがわかります。中性脂肪値に関して、三組の間にほとんど差がないのは、短期間(10週間)で肥満状態を作ったのと運動のせいだと考えられています。
リポタンパクリパーゼと肝リパーゼ活性について、モデル組は健常組より悪くなり、鍼治療によって健常組とほぼ変わらないレベルまでに上昇しました。PPARγの発見レベルは、モデル組は低くなり、治療組は健常組よりも高くなったことがわかります。
この実験はコレステロールなど動脈硬化に関わる要素に主眼を置いたものですが、上述のように鍼治療の結果、PPARγの発見レベルはモデル組のみならず、健常組よりも高くなったことから、PPARγの血糖降下作用、抗腫瘍、抗炎症効果も期待できます。
*30 ペルオキシソーム:細胞内小器官の一つで、膜に囲まれ内部にコアと呼ばれる結晶構造と管状構造を持ちます。酸化酵素を含み、物質の酸化反応、とくに脂肪酸の酸化反応を活発に行い、脂質代謝に重要です。また、カタラーゼという酵素を含むため、活性酸素(過酸化水素)の分解にも役立ちます。
*31 核内受容体スーパーファミリー:細胞内たんぱく質の一種で、ホルモンなどのリガンドと結合すると、核内に移行しDNAに直接結合してDNAの転写を促進或いは抑制します。即ち核内受容体はDANの転写を調節する受容体で、転写因子としての作用もあります。ヒトでは48種類が存在すると考えられますが、作用方式によって、甲状腺ホルモン受容体型、レチノイドX受容体型、エストロゲン受容体型、神経成長因子IB型、ステロイド産生因子型、GDNF(Germ Cell Nuclear Factor)型、などに分けられます。
*32 輸送たんぱく質群:細胞膜(生体膜)を貫通し、膜を通して物質の輸送を担うたんぱく質です。膜たんぱく質はチャネルを作ってエネルギーがかからない受動輸送(促進拡散)とアデノシン三リン酸(ATP)という化学エネルギーを使っての能動輸送があります。膜たんぱく質輸送ファミリーは後者です。
*33 リポタンパクリパーゼ(LPL):脂肪組織などで合成・分泌し、毛細血管内皮細胞の表面に存在する中性脂肪(TG)を分解する酵素です。血液中を流れている中性脂肪、特に食べ物から生成するカイロミクロン(CM)や肝臓で合成する超低比重リポタンパク(VLDL)といったTGに富むリポタンパクに働き、その中のTGを加水分解してグリセロールと遊離脂肪酸に分解します。遊離脂肪酸は脂肪細胞に取り込まれ再びTGに合成され、脂肪滴として脂肪細胞に蓄えられます。そのため、LPLは低下すると血中脂質が上昇し、動脈粥状硬化のリスクが高まってしまいます。インスリンはLPLの活性化を促進し、血中脂質の降下に働きます。
*34 肝リパーゼ(HL):リパーゼは消化酵素として主に膵臓で分泌され、中性脂肪をグリセリンと脂肪酸に分解します。ほかに肝臓、胃、腸にも存在します。
人間の世界がどう変わろうと、何事もなかったような秋、そして冬がやってきました。真似のできない美しい色彩で心を慰めてくれます。
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