どうして鍼灸は効くの(35)?
しばらくの間ずっと鍼灸治療が血流にどのような影響およびその機序について書いてまいりましたが、今日はこの話題の最終回で、自律神経反射による血行調節作用をお話します。
(7)自律神経反射による血行調節作用
①鍼灸の自律神経調節作用
鍼灸の刺激が交感神経を抑制し、副交感神経を優位にする働きを、昔から臨床で利用してきました。例えば、不眠症、躁鬱症、情緒不安定、更年期症候群、めまい、耳鳴り、肩こり、腰痛、慢性疲労症候群などの自律神経のアンバランスと関係ある病気と症状に、鍼灸治療の有効性は大いに認められ、これは長期間の過度な緊張になっている交感神経をほぐし、副交感神経を優位にさせることにあると考えられています。
鍼灸は副交感神経を優位にできるメカニズムの一つは、鍼灸刺激で脳から内因性オピオイド(内因性モルヒネ様物質)の生成・放出と関係があると考えられます。前文で、内因性オピオイドによる神経伝達物質サブスタンPの放出阻止作用で鎮痛効果を得ると述べました。痛みの解消によって精神的な緊張と肉体疲れは解消され、疼痛による交感神経の興奮は沈静し、代わりに副交感神経は優位になります。また、当院の鍼灸治療を受けている患者さんの7〜8割の方は治療を受けている間に気持ちよく眠られています。内因性オピオイドは眠気を催す作用もありますので、患者さんはリラックスする状態になり、気持ちが落ち着くと副交感神経が優位になります。副交感神経が働けば、末梢循環改善の効果が得られます。もう一方で、緊張している筋肉の弛緩により血管に対する圧迫が解消され、血流はよくなることも考えられます。
②鍼灸の「体性―自律反射」作用
前文でモルモットの脊柱傍に鍼をして、強く収縮している足の筋肉が緩み、血流が回復する実験を紹介させていただきましたが、実際の臨床治療でも、脊柱の両側にあるツボに鍼やお灸をすると、手足や肩の凝っている筋肉がほぐされ、血流が改善されます。また離れたところに鍼灸することで手足の筋肉が弛緩し血行が良くなるメカニズムは、前文にて軸索反射でも説明しましたが、実はもう一つの機序「体性―自律反射」により筋血管が拡張され血流を改善することでも説明できます。
自律神経の調節を行う中枢は間脳に位置する視床下部ですが、血管運動(血管の収縮と拡張)の中枢は延髄となります。鍼すると、その刺激は一次求心性ニューロンによって脊髄後角に入り、後角内でシナプスを介して二次ニューロンに伝わり、二次ニューロンはすぐ交叉して対側の前外側索を上行して視床に到着し、この伝導路を外側脊髄視床路といいます。もう一つの伝導路は対側に交叉してから延髄網様体に到達し、脊髄網様体路といいます。二つの伝導路はそれぞれシナプス結合で刺激を最終的に大脳皮質感覚野に伝わります。
過去の動物実験で視床下部を直接刺激すると交感神経の活動が増加し、視床内側部を刺激すると筋内の血管が拡張し血流が増大するという研究報告がありました。鍼して筋血流が増大するのは、鍼刺激のインパルスが視床下部を興奮させ、延髄を介して筋血管の交感神経終末がアセチルコリン(ACh)を放出して筋内血管を拡張させたと思われます。
以上の文を読むと、鍼灸は一体どっちを優位にさせるか、つまり交感神経を興奮させるか、副交感神経を興奮させるか、矛盾のように見えますが、実際には矛盾ではありません。鍼灸は交感神経を興奮させることができますし、副交感神経を興奮させることもできます。また、どちらにも影響を加えないこともできます。ただし、両方を同時に興奮させることはまずありません。どちらを興奮させるかを決めるのは、患者様の体質、病気の性質、治療方針、その日の患者様の体調など、治療するたびに判断しなければなりません。それを実現するのは、鍼灸の刺激する場所(ツボ)を正しく選び、適切な刺激強度(補瀉)と刺激方法(手技)を灵巧に活用する必要があります。
ちなみに、関節、筋肉などに急性炎症がある場合、これらの箇所の血流がよくなりすぎると、むしろ炎症を悪化させてしまうマイナス効果になりますので、注意を払う必要があります。