どうして鍼灸は効くの(19)?
ツボ(経穴)についてしばらく書いてきましたが、今日からはツボとツボをつないでいる「経絡」に関するお話をさせてください。ツボと同様、経絡も目に見えず、今の技術レベルではどんな検査機械にも教科書に出てくるような「経絡図」が映し出されることはありません。では、この経絡はいったいどのように解釈したらもっとわかりやすいでしょうか。
鍼灸療法は中医学の大事な治療手段の一つで、経絡学説は鍼灸療法の理論根拠となっています。経絡は気と血を運ぶ通路で、主幹としては14本があります。主幹から枝を出し、枝からまた枝を出して緻密なネットのように内臓から骨格、筋肉、皮膚まで、あらゆる器官・組織をつながり、一つの有機体にまとまっていると考えられています。このような気血の運行通路における流れが順調であれば、体の陰陽バランスは取れ、臓腑は正常に機能でき、新陳代謝や免疫機能は高いレベルに維持できます。経絡という線には多数のツボが点在し、鍼灸で点に適切な刺激を与えると、線の正常な流れを保つことができます。これは経絡学説の基本的な考えです。
昨今、各国で経絡についての研究が盛んに行われ、様々な説が発表されました。その一部を以下にまとめて、今日から数回にわたりお伝えします。
一、経絡感伝現象
鍼灸治療を受けたことのある方にはわかるかと思いますが、ツボに刺鍼すると、独特な感覚を覚えることがあります。重だるく、痺れ、腫れぼったい、押さえつけられるような感じ、或いは何とも言えないような変な感じ、などです。鍼刺激によるこのような特殊な感覚は日本では「鍼のひびき」、中医学では「得気」と言われています。つまり気を得たという意味で、鍼で引き出したこの気を経絡に沿って遠くにある病所まで送り届け、より良い治療効果を得ることができます。得気がなければ、治療効果が弱いと中医学では考えています。実際中国では、鍼治療を受けている患者たちはこのような得気を感じなければ効果が弱いと知り、「何も感じないよ」と医者に不満を言うことがしばしばあります。得気という独特な感覚がツボの周辺だけではなく、経絡に沿って遠くまで現れる現象を「経絡感伝現象」です。
最初(1949年)に「経絡感伝現象」を言及したのは日本の長濱善夫博士(厚生技官 1915〜1961)でした。彼は視神経萎縮の患者さんの「神門」(手首にある)というツボに刺鍼すると鍼のひびきが腕の付け根まで伝わっていくことに気付かされます。感じたひびきを皮膚に描いてみると、神門が属する「手の少陰心経」という経絡とほぼ一致するのがわかり、またこのような経絡刺激に対して敏感な人を「経絡敏感人」と呼びました。同年代に丸山昌朗医師(1917〜1975)も経絡感伝現象について論文を発表しました。
その後、「経絡感伝現象」に関する情報が中国に伝えられて大きな反響を呼びました。1973年に、中国衛生部(日本の厚生省に相当)が「循経感伝現象」を定義し、具体的な調査方法と基準を定めて、全国範囲で循経感伝現象について調査が始まりました。20以上の省(日本の都道府県に相当)、市、自治区で、違う民族、性別、年齢の6万人を調査した結果は、感伝現象が発生したのは12%〜24%、6経絡以上で全経絡に感伝現象が現れたのは対象者の4%〜13%でした。
経絡感伝現象の特徴は、
①鍼のひびきがほぼ経絡に沿って流れています。
②経絡途中のツボに刺鍼すると、そのひびきが上下の両方向に伝わるります。
③鍼刺激を突然中断すると伝わっていったひびきがまた元の場所(ツボ)に戻ってきます。この現象を感伝の回流性といい、最も興味深い現象と言われています。
④感伝線上に機械的な圧迫を加えると感伝を阻害できます。ただしツボと阻断点の間の感伝は依然存在します。またその間の感伝感覚が増強することはしばしばあります。機械的な圧力ばかりではなく、感伝線(経絡)に注射したり、氷袋を置いたり、また大きな傷跡、皮下腫瘍などでも感伝を阻害できます。
⑤感伝が病巣の近くにくると、感伝線を離れて直接病巣に入り、症状はただちに軽くなった観察もありました。この現象は経絡学の「気至病所」(ひびきが病気の箇所に至った)の理論を立証しました。
⑥感伝は更に遠くに伝わり、経絡が所属する臓器までに入ることもあります。例えば「心包経」(天池穴から始まり手の中指先端にある中衝穴まで終わる。天池穴は乳頭の外方1寸で、第4肋間にある)のツボを刺激すると、ひびきは胸まで伝わったと同時に、狭心症の圧迫感などの症状は軽減したことは観察されました。
⑦ひびきの伝導速度は緩慢で約10cm/秒との結果が出ましたが、実際に速い時があれば遅い時もあります。うちの治療院で頻繁に経験するのは、胃経、脾経、大腸経、小腸経などの消化器に関連するツボに刺鍼すると同時に胃腸の活動が活発になり、「ぐー」と大きな蠕動音が聞こえてくる現象です。これはこの時の伝導速度が10cm/秒より速いことを意味します。
二、肉眼で見える経絡現象
目で見える経絡現象は主に皮膚に現れる種々な変化を指しています。経絡に沿って、或いは経絡の走行とほぼ一致するように湿疹、アトピー皮膚炎、色素の沈着或いは色素の脱失などの皮膚症状が現れることがあります。このような循経性皮膚症状はほぼ内臓の疾患に伴い出て現れます。例えば腎経の皮膚症状が現われたとき、ほとんど泌尿器科の自覚症状と検査異常があります。脾経(中医学では五臓の一つの「脾」は人体の消化吸収をつかさどると考えている)の循経皮膚疹があると、およそ消化不良、胃もたれ、下痢などの消化器症状が伴います。また、心経の皮膚症状がある患者さんは心臓疾患を持っていることが多いです。
うちの治療院で臨床経験を積んでいくうちに、最も興味深く感じた経絡現象は糖尿病患者さんの皮膚症状です。うちの治療院に通われている患者さんの半分近くは内科の持病を持ち、中でも糖尿病の方はかなり多いです。治療に入る前に、患者さんの体を触診すると、背中の督兪、隔兪、膵兪(膵臓疾患のツボ)、肝兪というツボのあたり(背骨の第6胸椎から第10胸椎までの間)に8割の患者さんの皮膚に毛嚢炎、脂肪腫、粉瘤(アテロームといわれる粥状の腫瘍)などが見られます。またはこれらの皮膚病で手術を受けた跡が残っています。更に不思議なのは、このような病変が見られるのはすべての患者さんの脊柱の左側です。糖尿病は膵臓に点在するランゲルハンス島β細胞から分泌されるインスリンというホルモンの分泌不足か、或いはインスリンの反応低下などによる病気です。膵臓は胃の裏、脊柱の前に位置し、膵臓頭部は十二指腸に取り囲まれ脾門までほとんど水平に左へ伸びています。膵体の大部分は左にあるので、病気があったら体表に現れる経絡現象ももっぱら左に出てくるのではないかと思われます。
数年前、一人の三十代の若い患者さんは慢性頭痛で治療に来られましたが、背中の膵兪あたりに大きな「オデキ」が二、三個ありましたので、聞いてみたら、ご本人の血液検査値はまだ異常はありませんが、祖母と父親は長年人工透析を受けていた重度な糖尿病を患っていたそうです。思わず、今の段階で気をつけなければ将来糖尿病になる可能性があるよと、進言したほどでした。
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