症例紹介:不定愁訴や自律神経失調症など全身症状への鍼灸治療の応用
こんにちは。渋谷区幡ヶ谷の胡鍼灸治療院です。
最近特に考え深い症例を経験し、ここで報告させていただきます。
患者さん:48歳の女性(専業主婦)。初診時の血圧、脈拍、体温、呼吸音、心音は正常。腹部触診は異常なし。年に一度の人間ドックの結果は良好。今まで大きな病気をしたことはなく、手術暦は出産の帝王切開(20年前、1回)のみ。
主訴(自覚症状):
①時々理由もなく不安感と緊張感が強く、抗不安薬を服用する。
②不安感が強い時期になると夜は眠れない(14年間)。入眠困難、途中覚醒。そういう時は睡眠導入剤を服用する。うつ病ではないと専門病院で診断を受けている。
③生理前後のイライラが目立ち、眠れない日が増える。生理が終わった直後から非常に疲れを感じる。血液検査で性ホルモンと甲状腺ホルモンを調べたが、異常は認められない。子宮頸がん検診、子宮・卵巣の経膣超音波検査も異常なし。
④肩こり、首こり。股関節あたりが痛くなることがある。原因は見当たらない。
⑤春になると、花粉症を繰り返す。目のかゆみは特につらい。
⑥時々鼻水が喉のほうに流れる感覚がある。いつからかはよく覚えていないが、数年は続いている。この半年間喉が痛い。
⑦気管支が弱く、風邪を引くとまず喉が痛くなり、その後咳が長引く。
⑧時々動悸と不整脈を感じるが、心電図・CT検査で心臓&血管の異常は認められない。
⑨睡眠中歯を食いしばっているだろうと、歯医者さんから言われている。マウスピースを薦められ作ったが、装着すると気になりよく眠れないため、使っていない。
⑩胃が弱い(胃痛、胃もたれ、げっぷ)が、食欲はある。排便と排尿に問題はない。胃と腸の内視鏡検査、腹部超音波検査では異常は認められない。
ご存知のように、鍼灸治療は自律神経、内分泌系、免疫システムに同時にアプローチし、三者間およびそれぞれの系統内の適正バランスを取り戻せることは臨床上よく経験することです。それがゆえに、病院で不定愁訴、自律神経失調の診断を受け、またこれらの診断名からくる精神症状、全身症状には従来の鍼灸治療ですでに良い治療成績を挙げています。
この症例において、治療方針を練る際の新しい着眼点として、患者さん「主訴」の⑥⑦(気道炎症)に注目し、特別に重要視しました。この新しい着眼点に対する経穴(ツボ)の選穴を従来の治療に加えたところ、治療開始早々、嬉しい収穫がいくつかありました。新しい治療の試みとして、私のほうで期待していた結果ではありましたが、患者さんの症状の改善につながったことは言うまでもなく嬉しいことです(ここで表現しやすくするために、この新しい試みを「寧会鍼法」と名づけます)。
「新しい治療」というのは語弊があるかもしれません。新しい臨床現象と経穴を発見したわけではありません。気道炎症が疑える症状を持ちながら、不定愁訴や自律神経失調症からきたと思われる全身症状の治療に、従来の鍼灸治療に加え、気道炎症を改善する治療を主眼に置かせていただきました。すると、患者さんは精神的に楽になり、全身の炎症が改善されたような反応を示します。主な改善点は以下に挙げます:
治療効果:
①不安感と緊張感がかなり取れてきて、気分が楽になりました。
②不眠も改善しました。4回の治療を終えてから三週間のうち、睡眠導入剤を飲んで寝たのは2回だけでした(通常月に8、9回睡眠導入剤が必要でした)。
③生理前のイライラは今回感じませんでした。生理に絡む不眠もなくなりました(しかし、生理後の疲労感はまだあります)。
④胃の不調を感じなくなった気がします。気分が楽になったせいか、常に胃の調子を意識することはなくなりました。
⑤初診時はちょうど花粉症の季節で、目のかゆみとくしゃみがひどかったですが、3回の治療を終えた時点で、目のかゆみは一切出なくなりました(これはご本人として一番の驚きだそうです)。くしゃみと水っぽい鼻水は少し残りましたが、つい最近までのひどい状態と比べれば8割以上改善したと実感しました。
⑥動悸はまだ感じますが、感じる頻度は下がりました(眠れない夜はやはり動悸を感じるそうです)。
考察:
一つ好転反応だと思われる現象がありました。治療2回目から両側の鼻奥が熱っぽくて、時々痛みを感じるようになりました。これは今まで一度もなかった症状で、3回目を終えた夜のことでした。お風呂に入ったときに、左右両方の鼻から大量の粘り気の強いゼリー状の鼻水が出ました。色は黄・灰色で、血のようなものも混じってありました。蓄膿症の自覚症状は全くなかったもので、鼻にこんなものが溜まっていたとは、ご本人もびっくりしたそうです。しかし、花粉症による目のかゆみが消えたのはその翌日からだそうです。
今回の症例で一番顕著に改善されたのは①花粉症の諸症状と②不眠・不安感などの精神症状の二つでした。しかも短期間で効果が現れたところです。
首・肩こりの症状は治療後数日間は感じませんが、その後またこり感が出るそうです(但し、こりの程度は軽くなったそうです)ご自宅でできる簡単なストレッチを指導中です。
喉の痛みに関しては、生活スタイルからなかなか喉を休ませる期間は作れないようで、まだたくさんしゃべった後に痛くなるそうです。喉の慢性炎症による痛みの場合、生活習慣の改善を含め、根気よく治療を続ける必要があると痛感しました。
睡眠中の歯の食いしばりに関しては、ご本人には自覚はなくなかなか検証しにくいですが、こちらは経過観察を続けます。鍼灸治療によるストレス軽減、睡眠質の改善に従い、こちらの症状は改善されていくと予想しております。
この患者さんの治療はまだ約二ヶ月弱しか経っておりませんので、今後はしばらく続けて経過を見させていただきます。
「寧会鍼法」を治療に応用し始めたきっかけは西洋医学の「Bスポット療法」を知ったことからです。この療法は西洋医学分野で数少ない日本発の臨床知見で、私には東洋医学といくつも共通した考え方をもっているように思えて、ぜひそのアプローチ法を鍼灸治療にも応用したいと思いました。まだ始めたばかりの試みで、今後適応症例・再現性など、時間をかけて確認し、機会があればまた皆様に報告できたらと思います。
幸運にも、こんなに素敵な藤に出会えました。