どうして鍼灸は効くの?(93)-癌について
引き続き、鍼灸の役割を見ていきます。
(2)抗ガン剤副作用の改善
抗がん剤や放射線治療の副作用はさまざまで、患者さんご自身でよく感じるのは食欲不振、吐き気、嘔吐、下痢・便秘、口内炎などの消化器症状です。治療薬の進歩により、副作用をそれほど気にせず治療を終える方もいれば、治療に苦しんだあげく中断せざるをえない方もいます。食べなければ体重も筋肉も速やかに減り、無気力、衰弱、貧血、骨折、寝たきりなどの消耗性症候群(悪液質)に進行してしまいます。これは実に一番厄介な問題です、統計でもわかるように、最初から極端に痩せている患者さん、或いは抗ガン剤などの治療を開始してからどんどん痩せていく患者さんのほうが治療に失敗し、死亡率が高いことがわかっているからです。こういったことからも、抗ガン剤などの治療は腫瘍がどれだけ小さくなったのかというより、どれだけ副作用を最小限に抑え、患者さんの基礎体力を維持しながら普段通りに近い生活を守れるかのほうに、一番の重点を置くべきです。同様に、腫瘍マーカー検査を頻繁に受けず、またその結果に一喜一憂しないようにするのは患者さんご自身のためです。
言い換えれば、患者さんにまだ十分な体力が残っていて、よく体も動かせている、食欲も食べる量も普段と変わらず、一旦痩せても体重が少しずつ増えていってる、こういう患者さんはほとんど心配はありません。腫瘍の大きさとマーカーに一喜一憂せず、気にする必要はほとんどありません。
かなり前に、日本でも鍼灸治療は抗ガン剤による吐き気・嘔吐などの消化器症状を改善するという報道がありました。ここでは一例として、吉林省腫瘍病院中西医結合科の報告を挙げます。5か月の間、246人のガン入院患者に協力してもらい取ったデータです。グラニセトロン(Granisetron)という嘔吐を抑制する制吐剤を1日1回、10日を点滴する対照組とグラニセトロン点滴に+鍼治療の観察組に分けて、観察組では消化器症状の改善を自覚できた患者さんは84人(66.1%)、対照組は48人(40.3%)という結果が得られました。
鍼灸のガン治療副作用を改善する効果は総合的なもので、鍼灸による精神安定作用、鎮痛作用、免疫系のバランス・自律神経のバランス・胃腸機能そのものに対する直接な働きによる改善と関係があります。
(3)手術による臨床症状の改善作用
手術がガン患者さんにとって身体的な負担は実に大きいです。近年、腹部の手術は腹腔鏡によるものが多くなりましたが、開腹して広範囲の手術を避けることのできないのも多いです。鍼灸治療は手術を受けた患者さんに対して、手術のダメージをどのくらい改善できるのか、臨床治験の一例を挙げます。新疆医科大学付属腫瘍病院中西医結合科は、大腸がん術後の胃腸機能の回復及び免疫機能の調節に対する鍼灸治療の影響について臨床研究を行ったものです。
大腸がん手術の後、ある程度の胃腸機能障害が起きます。それは麻酔、術中の胃腸牽引、切口創傷、出血・浸出、正常な免疫反応などにより、腹痛、腹脹、排ガス・排便障害など胃腸蠕動障害が発生します。この病院は半年の間、大腸ガン根治手術を受けた105名の患者を無作為抽出で手術だけ(対象組)のグループと手術後に鍼灸治療を加える(治療組)グループに分け、治療組は術後の翌日から鍼とお灸の治療を開始します。鍼灸治療は1日1回、10日を続けている期間中、患者の排ガス、排便、腸の蠕動音を観察し、10日後の白血球の構成変化、NK細胞(ナチュラルキラー細胞、ガン細胞を探し出し・死滅させる白血球の一種で、ガン免疫を担う重要な免疫細胞)、CD₄陽性T細胞(免疫応答を助けるヘルパーT細胞、一部ガン細胞を殺傷するキラーT細胞へ分化する)、CD₈陽性T細胞(ガン細胞を殺傷するキラーT細胞へ分化する)の変化を調べました。
腸蠕動音の回復は、対照組は平均47時間後、鍼灸治療をした治療組は平均35時間後でした。排ガスは、対照組は平均73時間、治療組は55時間がかかりました。排便は、対照組は平均79時間後、治療組は62時間後にできるようになりました。つまり、鍼灸治療を加えると胃腸機能の回復は早くなるという結果です。従来、病種を問わずに、開腹手術をした後、医師も看護師も一番気になるのは、患者さんは「おならをしたか」です。おならが出るようになれば、胃腸の蠕動が回復した証になるからです、そう、やっとこれで一安心です。
リンパ球の数は術後の翌日に両組とも手術前の2,000/μL前後から700/μL台(正常値は1,000~4,800/μL)に急激に減少し、その後徐々に回復しました。10日目のリンパ球総数は、鍼灸治療をした治療組は1,790±320までに回復し、対照組は1,410±410に上がりましたが、治療組より低い結果となりました。
また、術後に好中球は上昇する傾向があり、これは好ましくない炎症反応を起こしてしまいます。対照組の40%の患者は10日目の好中球の比率が70%以上(正常値は40~60%)に上がってしまいました。鍼灸をしたグループは好中球の比率が70%以上に上がったのは17%のみで、正常範囲に収まった患者は74%を占めます。
NK細胞の比率については、対照組は術後1日目に10.94±0.31(x-±s,% 正常値は20~50%)でしたが、術後10日目は10.64±2.64で、低い状態のままでした。治療組は術後1日目の11.57±5.03から10日目の13.29±3.45までに上昇しました。
CD₄/CD₈の比値(正常値は2/1、低下すれば免疫低下・免疫不全を示す)については、対照組は術後1日目の0.95±0.40から10日目の1.03±0.64に、多少上昇したのに対し、治療組は0.89±0.43から1.27±0.44までに上昇しました。
実際に手術の原因・部位・術式を問わずに、手術そのものは患者さんにとって精神的・身体的ストレスとなります。特にガン患者さんの場合は術前から既に強い不安・緊張などのストレスを抱えることが多く、ガン自体も自律神経の機能失調をきたすことが多いですので、術後の胃腸機能障害がよくみられます。鍼灸治療は胃腸機能の回復を早めるだけではなく、上記の臨床治験のように、術後の体力回復&免疫機能を改善し、手術効果を高めるには大変良い治療法です。
新緑がすがすがしいです。
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