どうして鍼灸は効くの(80)? -糖尿病及びその予備軍
本日はⅡ型糖尿病の発症メカニズムと糖尿病の合併症についてみます。
3、Ⅱ型糖尿病の発症メカニズム
糖尿病は慢性的な高血糖症です。つまりグルコースホメオスタシスが破壊され、グルコースの生成と利用のバランスは崩れたことです。その原因は、①インスリン反応性の低下(インスリン抵抗性)と②インスリンの分泌不足です。
①はインスリンが普通に分泌されているのに、グルコースの組織細胞への取り込み・代謝・貯蔵においては、インスリンの作用に対する抵抗は示されています。膵臓β細胞から合成・放出するインスリンは、骨格筋細胞・脂肪細胞などの末梢組織細胞におけるインスリン受容体(レセプター)と結合し、そして、その下流のシグナル伝達経路が活性化され、一連の生理反応が起こされます。しかし、遺伝的素因、生活環境の激しい変化、精神的なストレスなど、何らかの原因でインスリン受容体やインスリンシグナル伝達経路の遺伝子変異が発生し、受容体と伝達経路は正常に機能できなくなり、インスリンがふつうに分泌されてもインスリン効果は現れてこない(つまりインスリン抵抗)病態に陥ります。
インスリン抵抗性はまた肥満との関連性が示されています。近年、体脂肪量、特に内臓脂肪量がインスリン抵抗性と正比例関係を持つことは明らかになりました。つまり、肥満度が高いほどインスリン抵抗性は発生しやすく、糖尿病になるリスクは高くなります。その原因は、脂肪細胞は単なる脂肪貯蔵組織だけではなく、内分泌器官としても機能しています。脂肪細胞から分泌されるホルモンは脂肪細胞由来サイトカインともいいます。
脂肪由来サイトカイン(アディポサイトカインともいう)はアディポネクチン、レジスチン、レプチンなどがあります。これらの血中濃度の変化はインスリン抵抗性に関与しています。肥満やインスリン抵抗性が高い場合にはアディポネクチンは減少し、逆にレジスチンは増加し、この二つのサイトカインのバランスが悪くなります。
軽度肥満がレプチンの分泌を刺激し増加させます。レプチンは視床下部に到達するとレプチン受容体と結合して2つの神経中枢にシグナルが伝達されます。一つは食欲増進中枢、一つは食欲抑制中枢です。その効果は食欲増進神経ペプチドの活動を抑制し、食欲抑制神経ペプチドの活動を亢進させ、食べる量を減らします。しかし、過剰な体脂肪が蓄積している場合は逆のことが起こります。つまり、レプチンの分泌が逆に減少し食欲旺盛になり、必要以上に食事を摂ってしまいます。結果的に、更なる肥満を招き、レプチンの分泌も更に悪くなります。
ところで、肥満者の中で血中レプチン濃度は高い方もいますが、それはレプチンの欠損ではなく、レプチンに対する抵抗性によるもので、遺伝子異常と関係があると考えられています。
レプチンは食欲を抑える機能を持つのみではなく、エネルギーの代謝・消費をも制御しています。レプチンは視床下部に作用して、交感神経の活動を亢進させ、脂肪酸の分解・熱の産生・エネルギーの消耗を促進する作用もあります。
要約してみると、肥満時に増加した脂肪由来サイトカインはインスリン抵抗性に関与しています。②のインスリン分泌不足になる原因はインスリンを産生するβ細胞の機能障害によるものです。
膵臓には約100万個の小さな細胞(ランゲンルハンス島β細胞、α細胞、δ細胞、PP細胞)の集まりがあります。これらの細胞群は違う機能を持っています。β細胞はインスリンを産生、α細胞はグルカゴン(肝臓でのグリコーゲン分解・糖新生を促進、血糖値を高める)を、δ細胞はソマトスタチン(インスリンとグルカゴン両方の放出を抑制する)を、PP細胞は血管作動性腸管ペプチド(VIP:血管拡張、膵液・胆汁の分泌促進など)を分泌します。
実際に、糖尿病予備軍の状態でも、インスリン抵抗性が既に始まっているため、β細胞はそれに対応するためにインスリンの分泌を増加しようとしています。その代償機能によりインスリンの分泌は正常に維持されています。しかし、風邪、過労、睡眠不足、過食、精神的ストレスなどによるインスリン需要量の増加がきっかけとなり、β細胞の代償機能はやがて壊され、糖尿病の状態となります。この場合、β細胞の数が減少し、インスリンの分泌量も減ります。結果的にインスリン抵抗性を代償できなくなり、末梢組織のインスリン抵抗性とβ細胞の機能不全により、血中のグルコース量が多くなり、高血糖症となります。
4、高血糖症はなぜいけないか
必要以上のグルコースが血中に留まることが常態になってしまうと、グルコースが血管壁にあるコラーゲンなどのたんぱく質と化学的に結合します。この結合は触媒が要らない、不可逆的な反応で、非酵素的グリコシル化といいます。このグリコシル化産物は生涯にわたって血管壁に蓄積されます。
長期で、連続的にグリコシル化産物が血管壁に蓄積すれば、大・中動脈の動脈粥様硬化や小動脈の硝子様硬化、微小血管基底膜*12のびまん性肥厚を引き起こします。つまり、糖尿病は血管をだめにする病気であり、これらの血管障害により様々な合併症を発症させます。
(1)糖尿病性腎症
尿は腎臓で血液をろ過して作られています。腎臓で尿の生成に働く基本単位はネフロン(腎単位)であり、腎小体と尿細管からなります。腎小体は糸球体とそれを包み込む糸球体嚢からなります。糸球体は血液が入ってくる輸入細動脈と出て行く輸出細動脈からなり、輸入細動脈は30~40本の並列な毛細血管ワナに別れ、ふたたび一本の輸出細動脈に収束し、尿細管周囲毛細血管を経て弓状静脈に入ります。血液が腎臓に流れ入って出ていく間に、糸球体の濾過作用で1日180リットルの原尿(1次尿)が生成され、そして尿細管により178リットルの原尿が再吸収され、残るのは終尿(2次尿)になります。終尿が尿管により膀胱へ運ばれて体外へ排出されます。
糖尿病はこの糸球体を壊し、腎不全を起こします。それは毛細血管基底膜の肥厚、細動脈の粥様硬化、びまん性メサンギウン*13硬化症、糸球体硬化症などによるものです。
(2)糖尿病性眼合併症
糖尿病は白内障、緑内障を合併しやすいですが、もっとも怖いのは網膜症です。網膜症の網膜病変には非増殖性網膜症と増殖性網膜症があり、非増殖性網膜症は網膜毛細血管と微小動脈の病変による網膜前出血・浮腫、微小動脈瘤、静脈拡張が見られますが、増殖性網膜症は血管の新生・出血と線維化によりできた増殖膜で網膜を引っ張り、剥離を引き起こします。網膜剝離は深刻な状態で、失明に至ることは少なくありません。
(3)糖尿病性ニューロパチー
「ニューロパチー」というのは、末梢神経が正常に伝導できない病態で、運動神経、感覚神経、自律神経を含みます。糖尿病患者にはよくみられるのは両足の感覚神経傷害(痛み・感覚異常)であり、他にも様々な末梢神経障害の症状が現れてきます。その原因は、
①毛細血管基底膜の肥厚、また肥厚しているにもかかわらず、毛細血管の透過性が亢進して血漿タンパク質は血管外に漏れてしまい、末梢神経の代謝障害を起こします。
②血中の糖分が多いと、神経細胞内に入り込み、細胞内のグルコース量が増加し、余分なグルコースは酵素により代謝され、代謝産物が細胞内に蓄積して細胞内の浸透圧を亢進させ、水分が細胞内に流入して直接軸索細胞傷害を起こします。
③細胞内グルコース代謝産物の蓄積により抗酸化物質が減少し、細胞の酸化ストレスに対する感受性が増加して細胞変性が起きてしまいます。
(4)心筋梗塞・脳梗塞
糖尿病は全身の血管を傷害し進行性の大・中動脈硬化を起こします。心臓に栄養を与える冠状動脈と脳動脈も例外なく、心筋梗塞や脳梗塞、脳内出血の発症リスクは非糖尿病患者の数倍です。
(5)免疫低下による癌・感染症
糖尿病患者の免疫力は一段と低下するため、皮膚の化膿疾患、肺炎、結核、腎盂腎炎などの罹患率は高くなります。また、免疫力の低下により、癌の発病リスクも高いです。
*12 毛細血管基底膜:毛細血管の管壁は内皮細胞でつくられ、内皮細胞の外周は基底膜と外膜細胞(周膜細胞)で補強されている。管壁の構成様式はその器官の機能に応じて、①連続性毛細血管、②有窓型毛細血管、③洞様毛細血管と異なってくる。
*13 メサイギウム硬化症:糸球体内の隣接する毛細血管の間や輸入・輸出細動脈の間には特殊な結合組織細胞であるメサンギウム細胞が存在します。この細胞は糸球体内・外血管間膜をつくり、血管細胞の支持・栄養作用があります。糖尿病の場合、血管の変化だけではなく、メサンギウム細胞の増殖・血管間膜の硬化も発生するので、血管管腔の狭窄・血管構造の変形・濾過機能の喪失を加担させてしまいます。
一匹の赤とんぼ
赤とんぼの群れ飛行
今年も栗ご飯を召し上がりましたか。
この平和はいつまでも続くように祈ります!
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