どうして鍼灸は効くの(54)?
しばらく鍼だけの話をしましたが、今日はお灸と免疫増強の関係を考えます。
5-2、お灸と免疫
お灸の材料はキク科の植物ヨモギの葉を加工したもので、もぐさといいます。室町時代から草餅の原料になっているヨモギは、豊富なクロロフィル(葉緑素)などのミネラルとビタミン、植物性たんぱく質、糖質、脂質などが含まれ、草餅やヨモギ饅頭も栄養価の高い食べ物として皆に好かれています。最近、ヨモギは免疫力を高め、強い抗がん作用があると再認識されています。
ヨモギの葉から加工して作られるもぐさの主要成分は精油、たんぱく質、脂質、ミネラルなどの微量元素、ビタミン、繊維質、水分などです。もぐさの品質によって点灸用、灸頭鍼用、温灸用に分けられています。ちなみに、葉っぱの裏にある柔毛の形の違いにより、日本原産のヨモギから作られたもぐさの品質は外国産の輸入品より高いとされており、うちの治療院で使われるお灸も日本産がメインです。点灸用のもぐさはヨモギの葉の裏にある柔毛だけを使って大変な高級品で、半米粒大の大きさで直接皮膚の上に据えます。灸頭鍼用のもぐさはある程度の夾雑物が入っていますが、温灸用のもぐさは葉、茎などの雑物がもっと入っているという具合です。このお灸は以下の作用があります。
(1)抗菌・抗寄生虫作用
昔中国で、よく伝染病の予防のために部屋でもぐさを燃やしたりしました。近代になっても病室でもぐさを燃やして出したけむりで風邪、流行性脳脊髄膜炎、重度火傷による皮膚の感染症などを予防する病院はあります。
近年、温熱素因を除いたお灸のけむりを細菌培養皿に20分当ててから、培養された菌が死滅したり繁殖が止まったりするという報告が多数ありました。培養皿に塗布した菌種は黄色ブドウ球菌、A群連鎖球菌、大腸菌、緑膿菌、チフス菌、枯草菌などで、お灸のけむりは菌に対して強い殺菌力・抑制力があると確認されました。
2015年、アフリカで流行っている線虫感染症の治療薬を開発した大村智先生が生理学医学分野のノーベル賞を受賞し、日本中を笑顔にしたニュースがありました。大村先生の受賞と同時に、中国の屠呦呦(トウーユーユー)氏は新しいマラリア治療薬を開発のため、同じ賞をもらいました。
マラリアは熱帯か亜熱帯地域で流行している寄生虫病です。蚊(ハマダラカ)によってマラリア原虫を伝播して人間に感染させます。原虫はヒトの赤血球で分裂増殖し、一定の周期をもって多数の赤血球を破壊し、スパイク状の高熱を繰り返す症状のある病気で、年間数十万ないし百万以上の死者が出ると推測されています。
1960年代に多数の軍人からマラリア患者が出たため、これを治療すべく、屠呦呦氏をはじめとする研究チームは、ヨモギの仲間であるクソニンジンの葉からアーテミシニン(artemisinin)という治療薬を抽出することに成功しました。その後、多数のアーテミシニンの誘導体や類縁体が抗マラリア薬として開発されました。
(2)タール*15の過酸化抑制作用
もぐさの燃焼後に産生するタールは強い過酸化抑制作用があると証明されました。もぐさタールを傷のある皮膚に塗り、脂質の過酸化状態を比較する試験で、タールを塗らない皮膚脂質の過酸化状態は遥かに多いことがわかります。また、老化促進モデルマウス(SAM)の居るハウスにもぐさのけむりを充満させた後、血液の脂質過酸化産物のMDA、抗酸化酵素のSODとGSH-Px*16を測定し、もぐさのけむりを吸入しない対照組の老化促進モデルマウスと比べた実験では、けむりに曝されたSAMのほうはMDA値が低くなり、SODとGSH-Px2の活性も上がったと分かりました。つまり、もぐさタールが皮膚と気道からの吸収によって脂質の過酸化を抑制する効果あります。
(3)温熱による免疫力増強作用
お灸の種類によって生体に与える熱の刺激量が違っていたり、免疫効果の違いも現れたりします。お灸の種類を大きく分けると、皮膚にやけど(灸痕)を残す有痕灸と残さない無痕灸があり、有痕灸も無痕灸も、治療目的や患者の体質に応じて刺激量をその都度調節します。昔施したお灸はすべて有痕灸でしたが、近年火傷の瘢痕が残るお灸は嫌われるようになり、そしてもっと使いやすくするため、様々な種類の無痕灸(温灸ともいう)が開発されました。それもあって現在、鍼とお灸両方の治療をやってくれる鍼灸院においても、ほぼ無痕灸のみを使っております。
① 無痕灸は皮膚に直接お灸を置かず、台座などを使って皮膚ともぐさの間にある空気層を介し、ある程度の熱さを感じさせるお灸です。人間は程よい熱さを感じると、まず気分的に落ち着いて副交感神経が優位になり、リンパ球系を優位に立たせます。逆に、瘢痕が残らなくてもかなりの熱さを感じると、気分的に緊張し、交感神経のほうが優位になり顆粒球は増えます。温められた皮膚は、温熱作用で局所の血管が拡張し血流量が増加するので、赤くなりますが、短時間で色が回復します。
② 隔物灸、棒灸、灸頭鍼のようにお灸が皮膚から一定の距離が離れている場合、お灸に使うもぐさの使用量が多く、施灸時間がトータルで長くなると相当の熱さを感じることになります(火傷の分類で言うと、Ⅰ度か瘢痕の残らないⅡ度)。このとき微小血管の透過性が亢進し、ヒスタミン、ブラジキニン、ロイコトリエン、腫瘍壊死因子(TNF)、インターロイキン-1などのメディエーターがマスト細胞などから放出されます。また微小血管透過性の亢進につれて、血管内の水分が血管外組織に移動し赤血球が濃縮され、血流が緩やかになります。血流が緩慢になると白血球は血管外へ遊走しやすくなり、お灸箇所に白血球が集まり始め、治療対象となる障害箇所の組織修復も通常より早く、そしてより大規模に始まります。
③ 直接皮膚にお灸を据えて有痕灸になると、お灸を据えた箇所がⅢ度熱傷になり、皮膚が壊死して白くなります。同じ箇所に何回もお灸をすえると、今度皮膚が炭化して黒くなり硬い傷痂が形成されます。また神経末梢が変性するため痛みは感じなくなります。この状態になると、まず白血球が活性化され、血管腔から白血球が血管外へ遊走してお灸された箇所の組織で作用します。白血球の増加・血管外組織への補給は次のようなプロセスで完成します:
血流が緩やかになると、白血球が血管腔の辺縁部に集積(辺縁趨向)し血管内皮細胞への接着機会が増え、内皮細胞表面を転がって移動(回転)します。次第に白血球が内皮細胞へ強く接着して、内皮に接着した白血球がついに細胞間隙をすり抜けて血管外へ遊走します。血管外に出た白血球は走化性因子*17の誘導で傷害部位(お灸を据えたと箇所)に向かって遊走します(走化性)。
④ 白血球の辺縁趨向と回転は、内皮細胞表面から発見される接着分子*18のセレクチンファミリーの働きにより起こさせられます。中のP-セレクチンはヒスタミンやトロンビン*19などのメディエーターの作用で細胞表面に配送され、E-セレクチンは正常内皮細胞表面には発現していませんが、IL-1やTNFなどのメディエーターに刺激されて発現します。お灸の刺激によりIL-1、TNFなどのメディエーターが増えることがわかっております。
⑤ 白血球の内皮細胞表面への強固な接着は、白血球細胞表面に発現するインテグリン*20が内皮細胞表面に発現するリガンドとの相互作用でもたらすものです。しかし、普段の白血球表面のインテグリンは内皮細胞表面のリガンドに結合しませんが、お灸の刺激で内皮細胞から放出するケモカインにより活性化され、リガンドに高い親和性型に変化します。ほかに、お灸された部位から分泌されるTNFとIL-1などのサイトカインが内皮細胞を活性化しインテグリンに対するリガンドを増加させます。
⑥ 内皮の細胞と細胞の間をすり抜けて血管外へ遊走するには、免疫グロブリンスーパーファミリー接着分子である血小板内皮細胞接着分子1(PECAM-1、CD31ともいう)、細胞間接着分子1(ICAM-1、CD54ともいう)などの助けが必要です。お灸の刺激でこれらの接着分子の出現が活発になります。
⑦ 血管外に出た白血球は走化性因子の駆動で走化性をもって、お灸された部位に向かって遊走し集積します。走化性因子には、細菌が産生する外因性のものとケモカイン、補体、ロイコトリエンB₄(LTB₄)などの内因性ものがあります。走化性因子が白血球の表面にある特異的レセプターに結合すると、細胞質内のカルシウムイオン濃度を増加させ、細胞骨格収縮分子の重合を起こし、偽足を伸ばして熱の刺激を受けた方向に細胞全体を引っ張って移動します。お灸の温熱刺激だけではなく、もぐさ含有のカフェタンニンも走化性因子の発現を促進する効能があると解明されました。
お灸を据えた箇所に遊走する白血球のほとんど好中球ですが、1~2日後に単球(マクロファージ)と入れ替わり、自然免疫が活発的に動き始まります。
昔抗生物質のなかった時代に、民間で(日本も同じです)よくお灸で火傷をさせた上、ある種の膏薬*21を塗り、わざと一定期間で化膿させる(打膿灸)療法が行われていました。打膿灸において、免疫が早期誘導反応期に入り、ナチュラルキラー(NK)細胞、NK陽性T細胞、γδ型T細胞*22、CD5陽性B細胞*23などが増えます。数日後に抗原提示細胞*24(樹状細胞など)の抗原提示作用で抗原特異的なリンパ細胞(T細胞、B細胞)が増殖分化しエフェクター細胞*25となり、獲得免疫の段階に入っていきます。感作されたリンパ細胞は関連リンパ節や脾臓に移動し、血液・リンパ経由で体内を循環します。そしてケモカイン、接着分子などのメディエーター間の協調的相互作用の助けで、リンパ細胞は病所に集積し特異的な免疫作用を発揮します。こうして、大勢の患者さんは結核、肺炎、腸炎、チフスなどの感染症&伝染病から救われました。また、特に意図したものではないですが、知らずの間、癌の発症予防にも同時に、ある程度なっていたのではないでしょうか。
現在では、消えない灸痕を残してしまう美容上の問題と抗生剤の開発・普及で有痕灸の出番はほとんど無くなってしましました。しかし、抗生剤の過剰投与により生じた免疫系バランスの乱れやかえって免疫を低下させてしまうなどの副作用がまた大きな問題を起こしています(これに関してはまた機会を見つけて後程お話ができればと思います)。
うちの治療院では長年お灸の治療を重要視しており、無痕灸を中心に全員の患者さんにお灸を据えております。もちろん、患者さんの症状や体質、その日の体調、季節変化などにより、お灸するツボ、お灸の種類と数などをその都度調整しておりますが、基本的に全員に、毎回の治療にお灸をしております。特に今のコロナ渦において、高い免疫力を保ったり、免疫力を上げたりするには必要不可欠です。
*15 タール:乾留液ともいいます。石炭、石油、植物などの有機物質は熱によって分解され得られた粘りのある黒から褐色の油状液体です。低濃度のコールタールはかつて乾癬などの皮膚病の治療薬として使われ、木タールはその殺菌作用から食品の添加物としても使われています。もぐさ、特に温灸用のもぐさを燃やすと茶色タールが出ます。もぐさタールが据えた皮膚箇所に少し残されたり、もぐさの煙と一緒に空気中に漂って吸入されたりすることもあります。
*16 GSH-Px2:抗酸化酵素の一つで、過酸化水素消去酵素とも言われます。補酵素としてのビタミンB₂が存在すると過酸化脂質を還元する働きを果たします。
*17 走化性因子:マクロファージ・顆粒球・リンパ球などの免疫細胞は免疫機能を果たすため、微生物に感染された部位までに遊走しなければなりません。その導きにつとめるたんぱく質を走化因子といい、代表としてはケモカインを挙げられます。ケモカインを産生する細胞は線維芽細胞・血管内皮細胞・上皮細胞・マクロファージ・マスト細胞・樹状細胞などです。これらの細胞は、微生物の膜たんぱく質にTLR(Toll様受容体)などのパターン認識レセプターに反応し、ケモカインを産生して免疫細胞を呼び寄せます。ケモカインは走化作用以外に、白血球を活性化し、血管内皮に接着して血管外への遊走を助けるなどの機能もあります。
*18 接着分子:血液中を流れている免疫細胞が血管を抜け出さなければ、感染箇所やリンパ組織までに移動できません。そのためにまず免疫細胞は血管内皮に接近する必要があります。そこで助けてくれるのは免疫細胞上の接着分子と血管内皮細胞上の接着分子です。この二つの接着分子の結合により免疫細胞は血管壁に接近し、内皮細胞の隙間から抜け出し、走化因子の作用で目標組織までに遊走できるようになります。
*19 トロンビン:怪我などで血管損傷を起こして出血するとき、止血機構は作動し始めます。まず損傷血管が収縮して、続いて血小板が損傷部位に凝集し血小板血栓を形成して、血液凝固で血が止まります。血液凝固に関与する因子は40種類以上にあり、血液凝固の最終段階は血小板血栓からフィブリンが析出して凝血が起こり止血は完成します。血中のビタミンK依存性凝固酵素のプロトロンビン(第Ⅱ因子)は第Ⅴ因子によりトロンビンに変換、トロンビンがフィブリノーゲンをフィブリンに変換させる。トロンビンの形成は、外因性(怪我などによる血管損傷)と内因性(血管内皮損傷)によるものがありますが、いずれ血液凝固の最終段階で重要な役割を果たします。
*20 インテグリン:白血球の表面に存在する接着分子です。白血球が血管外に游出するために、まず血管内皮細胞表面に接着しなければなりません。インテグリンは内皮細胞表面に表出する特異なリガンド(接着分子)と結合して、細胞表面に接近でき細胞間の隙間から抜き出して感染部位に游走できます。普段インテグリンは細胞表面のリガンドとの親和性が低いですが、走化因子のケモカインによって活性化されます。
*21 膏薬:化膿を誘発する貼り薬で、植物油(たとえばヒマシ油)と漢方薬(たとえば紅丹)を調合してできます。
*22 γδ型T細胞:γ鎖・δ鎖のレセプターをもつT細胞です。T細胞のレセプター(TCR)は2本のペプチド鎖からなり、α鎖・β鎖のものとγ鎖・δ鎖のものがあります。リンパ組織や血中ではαβ型T細胞は主体で、γδ型T細胞は数パーセントにすぎません。しかし、γδ型T細胞は主に皮膚・粘膜という第一線に存在するため、侵入する微生物に直接応答し、自然免疫に近い免疫反応を起こし、生体防御に重要な役割を果たします。
*23 CD5陽性B細胞:粘膜の固有層や腹腔内などの限られた場所に存在するBリンパ球で、B1細胞とも呼ばれます。CD5陽性B細胞自体はIL-4を産生し、腸管で常在菌に対抗するIgA抗体を産生します。IL-4はTh2細胞の増殖・分化を誘導し、IgA抗体は自然免疫の重要な液性因子として機能します。
*24 抗原提示細胞:抗原提示細胞と呼ばれるものにはマクロファージ、B細胞、樹状細胞(DC)があります。特にDCはリンパ組織だけではなく、種々の組織・器官に広く分布しています。これらの細胞は、体内に侵入した細菌・ウイルスの断片(抗原ペプチド)を抗原として自身の細胞表面に表出しT細胞に提示します。活性化T細胞は提示された抗原に様々な免疫機能を発揮します。
*25 エフェクター細胞:攻撃・殺傷能力の高機能なT細胞のことです。その前身である殺傷能力のないナイーブT細胞は樹状細胞などの抗原提示細胞により活性化され、増殖・分化が活発に行われ、生体に侵入した病原性微生物(抗原)に対する強い攻撃・殺傷力をもつエフェクター細胞に変身します。
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お見事な鯉のぼりです!
東京だって緑豊かです。
見えないぐらいの小さな小魚と大きな鯉が仲良く暮らしています。
可愛い子亀です。
夕日と雀。