どうして鍼灸は効くの(44)?
今日は生理活性物質である血管作動性腸管ペプチドをみます。
4、血管作動性腸管ペプチド*14(VIP)
VIPは28個のアミノ酸から構成されているペプチドホルモンです。最初は消化管ホルモンとして消化管で見つけましたが、のちに神経伝達物質としても機能していることがわかりました。VIPは消化管、中枢神経、自律神経、免疫系、胆嚢、膵臓などに広く分布しています。
(1)VIPの生理機能
①消化管において、下部食道括約筋と胃の平滑筋を弛緩させ、胃液の分泌を抑制し、小腸液、膵液と胆汁の分泌を促進します。
②循環器では、血管を拡張し、冠状動脈血流、門脈循環*15、末梢循環を改善します。
③脳においては、概日リズム(体内時計)に対し、脳の視交叉上核と松果体で作られているVIPは関与すると考えられます。
④自律神経では、副交感神経(脳幹から出る舌咽神経、顔面神経の副交感神経枝)の末梢からVIPを分泌し、唾液腺の血管を拡張して血流を増すことにより唾液の分泌が活発になります。また迷走神経により分泌されたVIPは腸管の蠕動を活発させ、すい臓と小腸からの電解質液の分泌を促進します。
⑤免疫系においては、VIPの受容体(VPAC1、VPAC2やPAC1)が免疫系でも多く発見されました。免疫応答および免疫調整、炎症性サイトカイン*16に対する抑制作用があると発見され、過剰な炎症反応の防止作用や抗炎作用など、免疫系のバランスを維持するには重要な意味をもちます。
⑥ほかでは、気管支平滑筋の拡張、膵臓の内分泌部に作用して血糖値のバランスを維持するなどの働きがあります。
近年、鍼灸治療の多彩的な臨床効果はVIPが関与しているのではないかと専門家たちは注目し始め、動物実験を用いて積極的に研究し、様々な研究報告が発表されました。
(2)鍼灸のVIPに対する影響
① 鍼灸の刺激で胃腸からのVIP分泌が増加することが実験でわかっております。胃腸の異常な蠕動を抑えて胃・腸管運動を調節して正常の律動的な収縮に戻します。なぜ鍼一本で胃痙攣や下痢による激しい腹痛が即座に治まるかはこれで説明できるのです。また、過敏性腸症候群(IBS)の下痢・便秘・腹痛などの症状は改善されるのは、腸でのVIP分泌促進と関係があるとラット実験でわかりました。
② VIPが強い血管拡張作用を持っているので、血管作動性腸ペプチドと名づけられたのですが、鍼灸治療によるVIPの分泌増加は、大小血管や毛細血管を拡張して局所循環を改善するのに大きな役割を果たしています。例えば、胃粘膜の血流改善は胃炎・胃潰瘍などの胃粘膜の修復に役立ちます。脳血管の拡張は脳虚血状態を改善し脳梗塞などの予防になり、心臓冠状動脈の拡張により心筋梗塞を防げます。
③ 昔から鍼灸治療は病原性微生物による炎症性疾患、アレルギー性疾患、自己免疫性疾患などに用いられるのは、その強い抗炎症作用のためです。近年の研究によってその抗炎症作用は総合的なものですが、中ではVIPの分泌を促進し活性を高めるのは一役を担っていることがわかりました。例えば、慢性気管支炎・慢性膵臓炎などの炎症性疾患、花粉症・気管支喘息などのアレルギー性疾患、シェーグレン症候群・慢性関節リューマチ・バセドウ病・Ⅰ型糖尿病などの自己免疫疾患に対して、鍼灸は確かな治療効果をもたらしています。これは日々の臨床の場でも実感しております。
4月19日のブログ(「“重症化しない”がキーワード ― withコロナ時代に生きる」)で、鍼灸がコロナウィルス感染による重症患者を救う治療現場で効果を発揮する理由として、炎症性サイトカインストーム(免疫の暴走)を抑制できるからだと書かせていただきましたが、VIPが関与していると考えられます。
*14 ペプチド:食べ物から摂ったたんぱく質は消化酵素の働きで最終的にはアミノ酸の形で吸収されます。アミノ酸はアミノ基(-NH₂)とカルボキシル基(-COOH)を持つ有機化合物です。アミノ酸のカルボキシル基の炭素原子とほかのアミノ酸のアミノ基の窒素原子との間の結合(アミド結合)をペプチド結合、2分子以上のアミノ酸がペプチド結合でつながったものはペプチドです。たんぱく質は約50またはそれ以上のアミノ酸残基からなるポリペプチドです。
*15 門脈循環:血液循環系には大循環(体循環)と小循環(肺循環)があります。門脈循環は体循環における特殊循環です。不対称性腹部内臓(胃・腸・膵臓・脾臓・胆嚢)からの静脈血は直接下大静脈に入らず、胃・腸で吸収された栄養素を含んだこれらの静脈は門脈を経由して肝臓の毛細血管に流入します。血液は肝臓で物質交換をした後に、肝静脈に集められてから下大静脈に注ぎ心臓に戻ります。
*16 サイトカイン:ポリペプチドの一種です。免疫細胞のマクロファージ、肥満細胞、リンパ球、間葉系細胞、内皮細胞、線維芽細胞など多種類の細胞から産生し、炎症や免疫反応の場合はメディエーター(媒介物質)として機能します。例えば、急性炎症の場合は腫瘍壊死因子(TNF)、インターロイキン-1(IL-1)、走化性因子であるケモカインなどのサイトカインが参与し、慢性炎症の場合はインターフェロンγ(IFNγ)、IL-12が参与しています。しかし、これらのサイトカインの参与で、局所の炎症による組織の破壊と修復のバランスがうまくいかなければ、逆に炎症を増悪・拡大してしまい、全身に悪影響を与えることが屡々あります。
お住まいや職場のお近くにこんな”涼”を感じられる公園や池がありませんか。まだ梅雨がしばらく続きますが、蒸し暑くなったらこんなスポットにふらりと行きたくなります。
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