どうして鍼灸は効くの(30)?
前回までに血流の状態を左右する3つの要素、心筋の収縮力、そして血管の太さと血液性状について見てきました。では上記の3つの要素に鍼灸治療がどう関係しているのか、今回からはこれらを具体的に示していきます。まず、心筋収縮力です。
3、鍼灸は血流にどんな影響を及ぶか
(1)心筋収縮力の増強作用
心筋細胞は興奮性細胞で、神経細胞や受容器細胞と同じように、刺激を受けると細胞膜で活動電位(興奮)が発生します。細胞膜にNaチャネル、Caチャネル、Kチャネルが存在しています。心筋細胞の非興奮時の膜電位は静止電位といい、約-90mV(心室筋)です。歩調とりである洞房結節細胞は細胞外のCa²⁺がCaチャネルを通して細胞内に流入し膜の活動電位を起こし、Ca電流が発生します。心室筋細胞の活動電位はNa⁺の細胞内への流入によって立ち上がり、Ca₂⁺の流入によってプラトー相(特徴的な心筋活動電位の一つで、プラトー相により活動電位の持続時間が長くなります)が形成されます。心筋細胞内のCa₂⁺濃度の増加に従って心筋の収縮力も増強します。活動電位の発生は膜の脱分極といい、膜電位は静止電位より正になります。K⁺の細胞内への流れ(K電流)によって再分極を起こし、静止膜電位に戻ります。
心筋細胞と細胞の間はネクサス結合(ギャップ結合)であるため、電流は心筋細胞の間を直接流れて、心臓全体は同歩収縮できます。
心筋細胞の長さは約80μm、太さは約14μmで、隣の細胞とそれぞれの端同士で連なって心筋線維をつくります。心筋線維を網のように包んでいるのは筋小胞体(SR)です。SRは心筋細胞内のCa濃度の調節に関して中心的な役割を果たします。SRはCaを貯蔵しているのでCa貯蔵部(Ca store)と呼ばれ、Caチャネルが開いてCa₂⁺が細胞内へ流入すると同時に、SRに貯蔵されているCa₂⁺を誘発的に放出させて細胞内のCa濃度を上昇させます。この現象を「Ca誘発性Ca放出」といいます。
筋小胞体(SR)の膜にCa²⁺ATPaseという酵素(筋小胞体カルシウムATPアーゼ、SERCA)が高密度に存在し、Ca²⁺ポンプともいいます。ATPエネルギーを使って、心筋細胞内のCa₂⁺を速やかにSR内腔に取り汲んで、細胞内のCa₂⁺濃度を低下させ逆に心筋を弛緩させます。このようにSRは心筋細胞膜内外のCa₂⁺濃度の調節に大きく関与し、心臓の正常収縮と弛緩を確保しています。筋小胞体膜にCa²⁺ポンプのほかに、Na⁺/Ca²⁺交換機構も存在し、細胞内外のNa⁺の濃度配を利用して、Ca²⁺を細胞内から外へ汲み出すのに用いられます。
中国で、昔から鍼治療の心筋収縮力増強作用を利用して、心不全の患者さんの治療をつづけてきました。近年、中国の中医薬大学や医科大学などはハリの心機能に対する作用を積極的に研究していました。例えば、山西中医学院と山西医科大学第二付属病院の研究グループは実験用ラットを使って、人為的に冠状動脈の虚血モデルを作り、その一部の虚血モデルラットに電気鍼で治療しました(治療組)。そして動脈を再開通させ、心筋細胞内のCa²⁺濃度、Ca²⁺ポンプ活性とそれを合成するためのmRNA(メッセンジャーリポ核酸)の発現量を測定しました。
モデル組は左冠状動脈前室間枝を40分結紮し虚血を作った後60分の再灌流をします。治療組はモデル組と同じように40分の虚血状態を作った後、20分の電気鍼をしてから60分の再灌流をします。また偽手術組(前室間枝にナイロン糸を挿入する)をも作りました。3組とも再灌流をした後、心筋細胞SERCAの活性、Ca²⁺-ATPase mRNAの表出率を測定した結果は次のようになりました。
SERCA活性(μmol/mg) | mRNA表出率(⁻x±s) | |
偽手術組 | 4.484±0.384 | 1.269±0.150 |
モデル組 | 2.597±0.568 | 0.510±0.149 |
治療組 | 4.536±0.775 | 0.936±0.367 |
モデル組のSERCA活性は偽手術組より大幅に低下し、Ca²⁺-ATPase mRNAの表出率もかなり低下してました。心筋細胞内のCa²⁺が筋小胞体腔に戻ることができなく、超過負荷状態でした。治療組のSERCA活性はモデル組より大幅に向上するし、偽手術組よりもやや高い。Ca²⁺-ATPase mRNAの表出率は偽手術組より少し低いが、モデル組より相当高いです。
以上の実験結果は、鍼治療は虚血後の冠状動脈再灌流の場合に、心筋小胞体のCaポンプ活性を高め、心筋の正常収縮と弛緩を助けて、弱くなった心臓を保護する働きがあることと、心筋の収縮力を高める作用があると考えられます。
苔の森の小さな詩(親友作)
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