どうして鍼灸は効くの(29)?
血流に影響する要素として、前回は心筋の収縮力についてみましたが、今回は血管の太さ、血液性状、微小循環の流れを考えます。
(2)血管の太さと血液の性状
①ハーゲン・ポアズイユの流れ
1839年にドイツの土木技術者のゴットヒルフ・ハーゲンが、1840年にフランスの生理学者のJean・Poiseuilleがそれぞれ粘性流体の流速分布原理を見出し、その後この原理をポアズイユの法則として定着されました。この法則はニュートン流体*10をモデルにして粘性流体の性質を確立しました。管の中の液体流量はまず管両端の圧較差(流入圧と流出圧)に比例し、圧較差があるので液体が流れますが、この圧力の差が大きいほど流量も大きいです。そして管の太さと関係し、管の半径が2倍拡大すると流量は16倍に増えます。
血管の太さに強く影響する物質があります、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)です。CGRPは37個のアミノ酸からなるポリペプチドで、αCGRPとβCGRPの2種類の異性体が存在します。αCGRPは主に末梢の感覚神経系に、βCGRPはおもに腸管の神経系に分布します。αCGRPは無髄および直径の細い有髄神経線維の脊髄後根神経節で産生され、体への侵害刺激が発生すると軸索末端からP物質と共に組織中に遊離します。αCGRPは強烈な末梢血管の拡張、血管透過性の亢進作用をもつので、皮膚をはじめ、筋や神経組織、結合組織などの血液循環の改善に働きます。また、血圧降下、心筋収縮力の増大、心拍数の減少などの働きもあります。
②血液の性状
健康にもっとも関係しているのは血液自身の性状、つまり血液の粘性です。
ポアズイユの法則は液体の流量がその粘性に反比例します。つまり、粘性が2倍になると流量は半分に減少します。このテストデータはあくまでもニュートン流体に基づいて得た結論ですが、実際には血液はニュートン流体ではなく、非ニュートン流体です。
血液の成分として、血漿が55%を占め(その90%は水分)、45%が血球成分です。血球の中に赤血球を主体とし、ほかに白血球、血小板があります。血液は全般として、血球、タンパク質、血小板、脂質、糖質、無機塩類、老廃物質などが血漿の中に散在する浮遊液です。血液は非ニュートン流体ですので、その粘性値をしばしば「みかけの粘性率」と呼びます。水の粘性係数は1.0cpですが、血漿は1.2cpで、血液のみかけの粘性係数は5.0cpくらいになります。血液の粘性係数は流速に従って変わります。その特色としては、ずり速度が遅いと、浮遊する細胞はお互いにくっつけて凝集しやすくなり、粘性係数は急激に増加します。ずり速度は速くなると、粘性係数はほぼ一定に保つことができます。分かりやすくいうと、血液の流れが良ければ、血液細胞同士の凝集は防げられ、血栓は形成しにくくなります。
血液のみかけ粘度は主にヘマトクリット(Ht、血液に占める赤血球の容積、正常値は35~40%)に依存するといわれています。赤血球が異常に多い真性多血症のヘマトクリットが70%に増加すると、みかけの粘性係数は2倍も増加そ、血栓が多発し、命を脅かす状態にたびたび陥ります。
近年、血液の粘性という言葉よりも流行っているのは「ドロドロ血液」とか「ネバネバ血液」です。「ドロドロ」も「ネバネバ」も血液は粘度が高く、流れが悪いことを意味しています。ドロドロ、ネバネバ血液の原因は以下のようと考えられます。
○ストレス 強い精神的ストレスを抱えると赤血球は増加します。赤血球の異常増加により血液のみかけ粘性係数は高くなります。精神的ストレスは不安・心配・悩み・焦躁・恐怖などの精神状態にあり、交感神経は異常に興奮するので、神経末梢からノルアドレナリンという神経伝達物質を放出するだけでなく、副腎髄質からホルモンとしてのカテコルアミン(ノルアドレナリンを含む)の分泌を促進します。結果としては、血管が長時間強く収縮して血圧は高くなり、血管中の水分が血管外に押し出され、血液が濃縮され赤血球のヘマトクリットは上昇します。
○高血脂 血液検査の結果を見るとき、よく悪玉コレステロールや中性脂肪の値は気になると思います。それはもし常に正常値より高い状態であれば、動脈硬化を起こす可能性があるからです。コレステロールや中性脂肪が多すぎると血管の壁が傷つきやすくなり、悪玉コレステロールのLDLが傷から壁の内部に入り込み酸化されます。そして酸化されたLDLが「ゴミ」になり、それを処分するために免疫細胞のマクロファージが血管壁に入り、LDLを処分する同時に自分自身も死んでしまい、LDLといっしょに血管壁内にとどまってプラークという異常組織を形成し、プラークにより血管の内腔は狭くなってしまいます。プラーク部分の内皮細胞は非常に弱く傷つきやすく、何らかの原因で破れると、それを塞ぐために血小板が集まってきて血栓を作り、血管の内腔が更に狭くなります。血管の狭窄が進んで完全に詰まってしまうと、脳梗塞・心筋梗塞を起こす恐れがあります。
○高血糖 普通の水と砂糖水はどう違うでしょうか。糖分の多い血液も同じようにネバネバ、ベトベトとなり、粘性が高くなります。特にいけないのは赤血球が柔軟性を失うことです。赤血球は直径7~8㎛の扁平な袋で中心部が凹んでいます。毛細血管の直径は5~10㎛で、しばしば赤血球より細いところがあります。しかし、赤血球は非常に柔軟性があるので、形を変えながらちゃんと細い毛細血管を通って酸素を組織に届けようとします。ところで、血糖値が高いと赤血球が柔軟性を失い、細い毛細血管にとどまって血管を詰まらせてしまいます。そうなると、組織に酸素を届ける役割を果たせないだけでなく、毛細血管までを破壊してしまいます。その上、血小板の粘着、血管弛緩因子産生の障害などで血流は更に悪くなります。
○活性酸素 体内に吸い込んだ酸素の2%が活性酸素になります。狭意の活性酸素はフリーラジカル(ヒドロキシラジカル、スーパーオキシド)で、細菌・ウイルスなどの病原菌や異物など身体に有害な物質を分解してくれますが、多すぎると逆に体に強力な細胞毒作用を示します。普通は抗酸化酵素のスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)により活性酸素を無毒性化しますが、ストレス、喫煙、紫外線、食品添加物質、農薬などによって活性酸素が増えすぎて、SODが処分しきれなくなると、活性酸素の細胞毒作用が現れてきます。その結果、動脈硬化の促進作用、細胞老化、組織・器官の機能障害、細胞遺伝子の変異によるガン化など、生体に様々な危害をもたらします。
○低体温 ヒトの生命活動が生体の内部環境の恒常性(ホメオスタシス)が必要です。具体的には、体内環境(細胞外液)の温度、pH、イオン濃度、酸素、栄養素などが一定しなければなりません。その大きな理由としては、体内細胞が常に外界との物質交換や種々な生物化学反応、つまり代謝を行っています。代謝を起こすために酵素がなくてはなりません。酵素が正常に働くには生体の内部環境の恒常性が必要です。同じ理由で、活性酸素を処分する酵素(スーパーオキシドジスムターゼ、カタラーゼ、グルタチオンベルオキシダーゼなど)が低温の環境で充分に働くことができないので、低体温の場合、活性酸素の細胞毒作用が強くなり、動脈硬化が促進され、血液の流れが悪くなります。
③微小循環の状態とその調節
血液は心臓から駆出され、血管により全身の組織と器官に届けられます。血液循環により、組織と器官が正常に機能するための酸素と栄養素を供給し、組織と器官から排出された二酸化炭素と老廃物を肺や腎臓に運んで体外に排泄されます。体全体の新陳代謝を正常に維持するからこそ、生命活動を営むことができます。
この代謝を行う場所は主として毛細血管です。毛細血管の前後にある細動脈と細静脈を入れ、細動脈・毛細血管・細静脈は微小循環を構成します。微小循環への血流量は細動脈(抵抗血管)により調節され、血圧の維持、微小循環における物質交換の正常化に重要な役割を果たします。一方の細静脈は血液を心臓に戻す導管だけでなく、血液の貯蔵庫にもなるため、容量血管としても働きます。
代謝旺盛の組織に毛細血管がたくさん存在します。毛細血管は内皮細胞(単層扁平上皮細胞)でできていて、毛細血管に透過性があるのは、その内皮細胞に多数の小孔があり、有窓内皮細胞ともいいます。それに内皮細胞の間に細胞間隙も存在しますので、濾過、拡散、飲作用などの方式によって血液と組織の間で物質交換ができるようになっています。
毛細血管と接続する最も細い動脈は細動脈で、内膜・中膜・外膜からなり、中膜は内膜を輪状にとり囲む平滑筋線維でできているので、細動脈の収縮と拡張につとめます。細動脈が拡張すると血液が毛細血管に大量に流れ込みますが、収縮すると血管を閉鎖することもできるため、細動脈の収縮と拡張によって毛細血管網への血流は調節されます。細動脈は交感神経の終末から放出するノルアドレナリンという神経伝達物質(神経性調節)と副腎髄質から分泌されるノルアドレナリンというホルモン(体液性調節)により収縮される。しかし、通常では交感神経から放出されるノルアドレナリンの血管収縮効果は副腎髄質ホルモンとしてのノルアドレナリンよりずっと大きいです。
毛細血管に平滑筋はないため、能動的に収縮できません。しかし、内皮細胞は細動脈の収縮状態にも影響を及ぼす“DERF”- 内皮細胞由来弛緩因子という物質を合成できます。これはガスの一酸化窒素(NO)とプロスタサイクリン(prostacyclin)です。NOはATP、セロトニン、アセチルコリン、サブスタンP、ヒスタミンなどの生理活性物質が内皮への刺激により放出され、プロスタサイクリンは同じように内皮細胞で合成されますが、主に血小板の粘着・凝集を抑制するので、血栓の形成を防止する機能を持ちます。両方とも血管の弛緩物質として、血管を拡張、内皮細胞への血小板の粘着と血小板の凝集を抑制するため、血流状態を良くし、血管内の血栓形成を防止する働きがあります。ちなみに、内皮細胞から強力的に血管収縮物質としてのエンドセリン(endothelin ET)も作られています。
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