どうして鍼灸は効くの?(89)-癌について
2、免疫力を低下させる生活習慣
わが日本は自然が美しく、住宅設備が整っていて、水道水が生で飲める数少ない国の一つです。国民皆保険制度や地域健康管理制度が普及し、医療技術も設備も世界トップレベルでとても恵まれています。しかしなぜか人口の半数はガンになると言われ、不思議に思われます。
日本は屈指の長寿国ですが、現実問題として、老年になるほど免疫力(特に自然免疫)が低下し、臨床レベルのガンの発現は多くなります。しかし、今では若年層のガン患者も増えているため、年齢以外の原因、たとえば普段の生活に潜む悪い習慣にも焦点を当てる必要が出てきました。つまり、生活習慣を見直せば、若年層を含めてのガン罹患率、ガンで亡くなる人数を減らせるのではないかと思います。前回のブログで良くない生活習慣の例として、以下のようなことを挙げました:
①精神的な強いストレスを感じる。或いは長期間感じる。
②肉体疲労の蓄積、長期間の過労状態。
③不眠・寝不足が長期間続く。
④夜更かし、昼夜逆転などの不規則な生活が長く続く。
⑤体温が低い。
⑥過剰な薬を長期間服用する。
⑦食品添加物、農薬、殺虫剤に汚染された食べ物の過食。
⑧炎症性植物油、甘いもの、超加工食品の過食。
⑨肥満或いは低体重
⑩運動不足による血流不全、筋肉量が少ない。
ここでいくつかの罹患原因をもう少し具体的に説明します。
(1)低体温
たまに患者さんから「先日熱が出て、風邪を引いたみたい」と聞きます。「熱が出ましたか?」と聞くと、「36.8℃にも上がったよ」といいます。「それは熱があるとは言えませんね」って言ったら、「だって、ふだんは35度台ですから、36.8℃はもうきつくて」というご返事です。ちなみに、大人の正常体温は36.3~37.0℃で、37.0℃以上ではなければ本来、発熱とは言えません。67年前の調査では、当時の平均体温は36.9℃で、恐らく今の平均より0.6-0.8℃高いです。
正確な統計は見つかっておりませんが、普段の体温はつねに35度台で、36度になったらもうだるく感じる方はおそらく全体の2割弱いるでしょう。うちの患者さんも治療前は35度台で、鍼灸の治療を続けているうちに、36.5℃近辺を維持できるようになった方は多いです。しかしなぜ、平均体温は低くなったのか、次の生活習慣は関与しているのではないかと思います。
①赤ちゃんの時から身体を冷やしている。
町を歩くと、真冬でも靴なしで両足を外に出している赤ちゃんを見かけます。時には靴下もはかない子がいます。幼稚園児、小学生が短パン姿で通学し、寒さで両足が血色を失い、青紫色になっている子も見かけます。元々、子供一人ひとりが生まれつきの体質が違い、一律冬で短パンというのはどうかと思います。1935年の子供の平均体温が37.2℃がありましたが、1995年では36.2℃まで下がりました。
「子供を鍛えるため」、「寒暖差に対応できるようにするため」だという考え方がありますが、今の子供は昔と違い、走り回るなどの運動をする機会は少なく、薄着でも走れば温かくなるという生活習慣はもうありません。新生児の正常体温は36.7~37.5℃、児童の正常体温は36.5~37.3℃で、大人より0.5~1.0℃高いです。この高体温は子供の発育・成長、感染症にかからないための免疫力維持に必要なものです。人間は恒温動物です。脳の視床下部は体温調節中枢で、正常体温をセットポイントに設定します。外部環境の気温変化や内部環境(身体内側)温度の上げ下げにより、体温調節システムが作動し、発汗・皮膚血管の拡張と収縮・ふるえ(筋肉の収縮)などで、体温をつねにセットポイントに一致するようにしています。ところが、子供の肌はつねに寒さに曝されているならば、皮膚の温度受容器からの刺激が視床下部に伝えられ、脳は外部環境に適応するために、やむをえずセットポイントの設定を低く下げられるのではないかと推測しています。大人になって、生活習慣が同じなら、体温は低いままで上がることはありません。
②日常生活でも身体を冷やしている。
大人でも必要以上に薄着でいるのは「鍛えるため」と時々患者さんから聴かされます。お弁当は冷たいままで食べ、飲み物は冷蔵庫から出してすぐに飲む、真冬にレストランはまず氷水を出す、自宅でも冷房の設定温度は必要以上に低い。
寒い日に或いは夏の冷房の効いている部屋に長時間いる日は薄着になると、体熱がどんどん奪われます。生命活動を行う中心部である内臓の温度を保つために、手足からの熱発散を防ぎ血管が収縮し、手足の冷え症になります。冷気は床や地面に溜まりますので、特に足が冷える時に、足に伝わった冷気は上に上がり、一番影響を受けやすい臓器は膀胱、腸、胃となります。下痢や便秘、膀胱炎、頻尿、胃の痛みなどすぐに感じてしまいます。特に筋肉量の少ない女性はつらく感じる方が多いです。
内臓温度は37.5~38.0℃もあります。これは新陳代謝、免疫力の維持に必要とする温度です。例えば、内臓の中でも一番温度の高い臓器は心臓です、39℃-40℃だと言われています。この高い温度はガン細胞にとって増殖できない温度で、また血流が一番よく流れている臓器でもあり、心臓のガンは極めてまれです。また例えば、38℃の胃袋に、急に30℃以上も温度の低い冷たい食べ物が入ると、急激な冷たい刺激で、胃のみならず、食道・心臓など周囲臓器の血管も反射的に収縮・痙攣を起こします。臓器の虚血が起こり、ひょっとすると狭心症・心筋梗塞の発作を誘発する可能性もあります。更に持続的にこのような刺激を受け続けると、内臓の慢性疾患を起こす恐れも出てきます。
もう一つ怖いことは免疫力を下げることです。腸、肝臓、脾臓などはもっとも大事な免疫器官です。イソギンチャクのような腔腸動物から人間まで、最初に外界の抗原(ウイルス、菌などの微生物)に接触するのは消化器粘膜です。食べ物といっしょに入った有害な微生物などの異物をで処分する機能を持っています。腸管はもっとも大事な免疫器官となります。ヒトの場合、小腸の固有粘膜層にリンパ節(パイエル板)が集中しています。そこにリンパ球(T、B細胞)、抗原提示細胞、自然免疫細胞など高密度に存在しています。肝臓・脾臓も免疫担当細胞が成熟・貯蔵する重要な免疫組織です。これらの重要な免疫器官は急に冷やされると、その働きはどうなるのか。体温が1℃下がると免疫力は3割くらい弱くなるといわれていますが、いつも冷たいものを食べたり飲んだりすると、免疫力が弱くなるのは理解できると思います。ガン細胞は35℃台の環境でもっとも活発に増殖するといわれ、免疫力が下がった上で、体温も低くなると、ガン細胞にとっては願ってもない有利な増殖環境になってしまいます。
③低体温になるもう一つの原因は薬
日本の国民皆保険という医療制度と医療環境は世界でもトップレベルです。いつでも、どこでもすぐ無料で救急車を呼べて、医師に診てもらえます。薬局から薬をもらい、最近リモートでも診療・薬の処方をしてもらえるようになりました。近所のドラッグストアでも処方薬とほぼ同様な成分が入っている薬を処方なしで買えます。高額療養費制度という制度も同時に利用できます。気軽に、安価に、迅速に薬がもらえるという環境にいるため、身体に少しの不調でも出たらすぐに病院に駆け込んで薬を飲みだすという、薬に頼りすぎている現象は一部では見受けられます。薬を飲めば治る、薬を飲んでいるからなんとなく安心だと思っていらっしゃる方も多いかと思います。
薬は対症療法で、根本的に治したいなら、我々自身のからだの内部環境、こころのあり方、生活習慣と本気で向き合わなければなりません。薬は必要な時だけ、必要な期間、必要な十分量をきちんと使用するものだと思います。特に救急救命時に使う薬はなければ、大切な命を失ってしまうかもしれません。例えば、アナフィラキシーショック時のアドレナリン、抗ヒスタミン薬、ステロイド薬、敗血症性ショック時の抗菌薬、超急性期脳梗塞に使う血栓溶解剤tPA、手術に使う麻酔薬など、これらの薬がどれだけ救急救命を要するたくさんの命を助けてきたのか、我々人類にとって決してなくてはならない宝ものです。
一方で、すべての薬(漢方薬を含む)は副作用を持ち、身体を冷やす/冷やさないという観点で言えば、身体を冷やします。リスク(副作用)に対して効果が上回る場合、リスクを承知のうえ、症状を楽にするために薬の服用はいいと思いますが、対症療法になる薬は本来であればなるべく三種類以下にし、短期間で服用を終えるべきだと言われています。しかし、どうしても4種類以上の薬を同時に、長期間処方された場合、効果対副作用を定期的に評価しながら、副作用を少しでも軽減する生活習慣の改善を何とかして、身体へのダメージを最小限に抑えたほうが望ましいです。中でも、生活習慣病は頑張って生活習慣の改善により、薬の種類、飲む期間を減らしていく努力が必要です。
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