どうして鍼灸は効くの?(82)-糖尿病及びその予備軍
明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
さて、昨年年末のシリーズ更新においては、糖尿病予備軍が糖尿病に発展しないための予防治療、及び糖尿病の治療において、どうして鍼灸が効くのかについて、
①空腹時血糖値・ヘモグロビンA1c(HbA1c)・血中脂質に対する降下作用
②インスリン抵抗性の改善作用
の二つの側面から、実際医療機関での臨床試験の結果を交えながら見てきましたが、今回は末梢神経障害の改善作用について考えます。
(3)末梢神経障害の改善作用
中国・蘇州市中医病院鍼灸科において、60人の末梢神経障害(ニューロパチー)症状のある患者(外来と入院)を温灸組(20人)、鍼組(20人)、薬物療法組(20人)に分けて、鍼・灸の治療効果を考察しました。
温灸組は棒灸を使って手足のツボを3~5分、背中にあるツボを8~10分温めます。隔日に1回、10回を続けてから2日を休んだ後、治療を再開して全部で20回の治療をしました。鍼組は温灸組と同じツボを取り、刺鍼してから30分置鍼(刺鍼した鍼をすぐに抜針せず、そのままにすること)します。治療日程も温灸組と同様です。薬物療法組は日本製の末梢神経障害治療薬であるメコバラミン(メチルコバラミン 、ビタミンB12 0.5mg)を1日3錠、40日を続けて飲んでもらいます。そして、3組それぞれ治療する前後の血液流動力学状態(血液レオロジー・ヘモレオロジー)(全血比粘度、毛細血管の粘度、赤血球容積比*14)、血管の太さを影響する生理活性物質(ET、NO)や脂質過酸化分解生成物であるMDA(マロンジアルデヒド)を測定しました。
治療前後において患者さんの自覚症状改善率は鍼組と灸組とは大きな差はありませんが、灸組(有効率90%)は鍼組(有効率85%)よりやや高く、薬物療法組の有効率は65%となっています。
全血比の粘性(高切り mPa.s 基準値3.5~5.4)については、温灸組は治療前の5.55±1.13から治療後の4.53±0.82に低下、鍼組は治療前の5.72±1.17から4.66±0.88に下降、薬物組は5.47±1.05から5.12±0.97に少しだけ減った結果となりました。毛細血管の粘性改善度も鍼・灸両組は薬物組より良い結果です(具体的なデータを省略)。赤血球容積(ヘマトクリット %)については、温灸組は治療前の51.60±13.12から治療後の45.12±10.23に減少、鍼組は52.73±11.52から45.44±9.88に減少、薬物組は50.95±8.35から48.70±10.35に減少しました。
血液の粘性度は直接血液の流れに影響を与え、粘性度が高いほど血液の流れは悪くなります。血液の粘性を決定する要因はヘマトクリット(赤血球容積)、赤血球の変形性能、赤血球の凝固性能、血漿の粘性などがあります。中でもっとも大事な要素はヘマトクリットで、ヘマトクリットが1上昇すると粘性は4%までに上がると言われています。鍼灸の刺激がヘマトクリットを下げ、血液の粘性度を低下させることができることがわかります。血液粘性度の低下こそが、末梢循環を改善できる前提となっています。
一酸化窒素(NO)は内皮細胞由来弛緩因子であり、血管を強く拡張し、血小板の血管壁への付着・凝集を抑制する作用があります。エンドセリン(ET)は強力な血管収縮物質で、微小血管を持続的に収縮させる作用があるため、NOとETのバランスで血管の収縮・拡張を調節して、微小循環を維持しています。3組の治療前後の血中NO、ETについての比較は次のようになっています:NO(μmol/L)については、温灸組は治療前の46.75±35.30から63.55±32.45に、鍼組は治療前の42.75±23.75から57.30±28.85に、薬物組は44.65±30.15から50.15±31.65に上昇しました。ET(pg/L)については、温灸組は治療前の144.25±46.45から110.85±35.25に、鍼組は治療前の129.95±37.50から108.15±36.85に、薬物療法組は135.35±40.15から122.50±35.75にそれぞれ低下しました。この結果から鍼灸治療で血管を拡張し、血小板の凝集抑制作用により血流は改善されるとわかってきました。
MDAは脂質過酸化マーカーとして細胞・組織の酸化ストレス状態を反映するデータです。糖尿病の場合、血管内皮細胞が損傷して活性酸素(ROS)を多く産生するため、活性酸素を分解する酵素(スーパーオキシドジスムターゼ SODなど)は大量に消耗されます。処分しきれない活性酸素は血管壁の不飽和脂肪酸と反応し、脂質の過酸化物質を作ります。過酸化脂質の分解産物はMDAで、MDA量の測定で脂質の過酸化状態を知ることができます。
3組治療前後のMDA(μmol/L)変化は次のようになっています:温灸組は治療前の4.49±1.75から3.15±1.25に、鍼組は治療前の4.57±1.60から3.40±1.35に、薬物組は4.35±1.65から3.95±1.50にそれぞれ下がりました。鍼・灸のMDA降下作用は薬より強いことがわかります。
当院における現在までの症例から見ると、糖尿病のもっとも早く改善できる合併症はニューロパチー(末梢神経障害)です。ニューロパチーがよく現れるのは両下肢であり、具体的な症状は足の痛み、感覚が鈍くなり、違和感、痺れなどです。蘇州市中医病院は鍼と温灸の治療効果を比較するために、別々に治療グループを組んだのですが、実際には鍼とお灸を同時に行うほうがより良い治療効果がでます。当院は患者さんの具体的な症状に応じて、鍼と同時になん種類かの灸を行います。症状が軽いと2~3回の治療で痛みが取れて、足のその他の自覚症状も段々治まっていきます。
鍼灸は末梢神経症状を改善するメカニズムは次のように考えられます:
①血液循環の改善作用:
血管拡張、血液粘性度の低下、赤血球変形性能の改善、ヘマトクリットの減少、活性酸素及びその化合物(過酸化脂質)の減少、更にそれらを除去する能力の向上によって、血管腔を確保、血管壁弾力性を若々しく保ち、血液がスムーズに流れるようにします。
②末梢神経代謝の改善作用:
末梢神経は細胞ですので、細胞の生命活動は当然血液との物質(酸素、二酸化炭素、栄養素、代謝後産物)交換により成り立っています。鍼灸の血行改善により末梢神経の代謝が良くなり、髄鞘細胞(シュワン細胞)の再生・軸索の修復を促進します。
③抗炎症性作用:
副交感神経を優位にすることでコリン作動性抗炎症経路(CAP)を活性化します。それにより損傷が起こった末梢神経周囲の炎症性水腫が吸収され、炎症性細胞の浸潤が抑えられ、シュワン細胞の変性・壊死への進行を止めます。またお灸の温熱作用で熱ショックたんぱく質が増加して、更に神経細胞の再生に有利となります。
次回は糖尿病性腎症の改善作用についてみます。
*14 赤血球容積比:赤血球は直径7~8μmの扁平の袋であり中心部は凹んでいます。変形しやすく(変形能が高い)、狭い毛細血管も通過できます。赤血球の数(RBC)は、成人男子はやく500万/mm³、女子はやく450万/mm³です。赤血球の血液に占める細胞成分の割合を赤血球容積比(Ht=ヘマトクリット)といい、成人男子は約40%、成人女子はやく35%です。
雀たち
このシリーズの内容は当治療院の許諾を得ないで無断で複製・転載した場合、当治療院(=作者)の著作権侵害になりますので、固く禁じます。