どうして鍼灸は効くの(78)?
4、鍼灸で治す筋肉の病気
前回のブログでいう痛みの症状は、その原因疾患を治療し、適切な運動やリハビリを行えば改善されます。ここで病因が筋肉自身にある病気について紹介させていただきます。
(1)筋・筋膜性疼痛症候群
① 筋肉痛と筋痛症
筋・筋膜性疼痛症候群は筋痛症ともいいますが、筋肉痛とは違う概念です。筋肉痛はほとんど激しい運動、無理な筋トレーニング、筋肉の痙攣(こむら返りみたいな筋肉のつり)の後に発生するもので、適度に休んだり、冷やしたりあるいは温めたりする、などの手当てをすれば(激しい運動の直後は冷やす、日にちが経ったら温める)スムーズに回復できます。しかし、筋痛症はこのような手当てをしても簡単に治せないものが多いです。持続的な痛みにより生活の質が悪くなり、仕事などにも悪影響を与えてしまいます。
② 原因
・激しい運動、筋トレーニングなどを繰り返して、初期に違和感・痛みが出てきても止めずに継続する。
・激しい運動ではないが、たとえば、ゴルフの練習、家事など少々痛みがあっても、我慢して同じ動作を繰り返す。
・今までやったことのないスポーツを始めたり、無理な姿勢・ポーズを頑張ってとったりすると、ふだんほとんど使わない筋肉を突然無理に働かせることにより、筋・腱・靭帯などの組織を損傷してしまう。
・パソコンの操作、目や腕を使う細かい作業、前屈みで中腰での仕事など、同じ姿勢で長時間仕事を続ける。
・真っ直ぐではなく、斜めに長時間テレビを見たり、パソコンを操作したりするなど、悪い姿勢で左右の筋肉を不均等に収縮させる。
③ 発症のメカニズム
・激しい運動や筋トレーニングなどにより筋肉に超過負荷をかけ、筋・筋膜の線維が断裂・損傷を起こし、その部分の筋肉が反射的に収縮します。ふつう時間が経てば回復しますが、まだ十分に回復していないうちに、同じ動きを繰り返すと、筋肉の収縮が元に戻らず、拘縮状態になります。筋が固まって筋中や周囲の血流が悪くなります。
・常に同じ姿勢で同じ作業をすると、同じ筋肉だけが使われます。この部分の筋肉が長時間収縮している状態ですので、筋中を流れている血管が収縮している筋肉自身に圧迫され血流が悪くなります。
・血流が悪くなると、筋の代謝が悪くなり、排泄すべき二酸化炭素・老廃物質が溜まってしまい、酸素と必要な栄養が足りなくなります。筋がグリコーゲンを利用し無酸素代謝を起こし、代謝産物としての乳酸がたまると感覚神経末梢を刺激して痛みを感じやすくなります。
・また血流の悪化による酸素欠乏が起こると、血液からブラジキニンという発痛物質が産生されます。ブラジキニンは血漿タンパク由来の炎症性メディエーターで、血管の透過性を亢進させ、強い疼痛感覚を引き起こします。
・酸素欠乏すると、血管内皮成長因子(VEGF)の生成が増加、活性化されます。VEGFも既存の血管透過性を亢進させる働きがあります。血管透過性の亢進により、炎症性メディエーターが血中から筋組織に滲出し、筋・筋膜や周囲の結合組織において炎症反応を起こします。
④ トリガーポイント(圧痛点・発痛点):痛みのある箇所を触ってみるとしこり(索状硬結)が触れることが多いです。このしこりを押さえると痛みを感じ、またはこの箇所だけではなく、周囲まで広い範囲に疼痛(関連痛、時には患者さんが実際痛いと言う場所)が発生します。このしこりをトリガーポイントです。発病原因によって、はっきりとしたトリガーポイント(索状硬結)が発現する場合と広い面積で筋肉が硬く張る場合があります。トリガーポイントは鍼灸のツボと一致することはよくあり、実際に鍼灸学においてよく「以痛為腧」(痛みのある箇所をツボにする)という言葉を使います。つまり、押えてみると、「あ~、痛い、そこそこ」というようなツボを阿是穴として鍼灸治療のツボにすることがあります。
⑤ よく発生する部位
首・肩・背中・腰のこり症がひどくなったら、「こり」という不快感だけではなく、痛みや痺れによる運動障害までに進行します。これらの部位のこり症によって、例えば、筋緊張性頭痛、肩こり、首こり、腰痛・ぎっくり腰など、日常的によくあるこりや痛みに発展してしまいます。
⑥ 効果てきめんの鍼灸治療
筋・筋膜性疼痛症候群に対する治療方法の中で、鍼灸が第一選択肢になるでしょう。というのは、鍼灸治療の効果はもっとも確実で、しかも短期間で現れてきます。
当治療院においては、慢性化していない軽症なら、1回目の治療が終わった後に自覚症状は半分以上になくなり、二日目から更に良くなります。数ヶ月以上、場合によっては数年にわたり、痛みに悩まされ、病院の治療法(貼敷剤、鎮痛薬、牽引など)で改善できなかった患者さんの場合でも数回の鍼灸治療で完治した症例は少なくありません。
鍼灸の治療効果のメカニズムは次のように考えられます:
・即効性のある鎮痛作用で緊張している筋肉が緩むようになります。筋が緩くなったら、血液の流れも改善されます。鍼はどうして鎮痛効果があるのかは、このシリーズのブログで既に説明させていただいておりますので、ご興味のある方は少し前に戻り、ご参照いただければ幸いです。
・副交感神経を優位にさせる作用で、痛みや不安による交感神経の興奮が抑えられ、収縮している血管が拡張して血行がよくなります。同様に、鍼による自律神経への調整効果について、ご興味のある方は今までのブログでお調べいただければと思います。
・お灸の温熱作用で血管が拡張して血流がよくなります。
・血流が改善されると、局所にたまっていた発痛物質・老廃物質・二酸化炭素・乳酸などが運び出され体外に排出され、局所組織の酸欠状態が改善します。
・酸欠状態が改善されると、炎症性メディエーターの発現が激減するため、痛みもてきめんに減ります。
・鍼灸治療による上皮成長因子(EGF)、線維芽細胞増殖因子(FGF)の産生・活性化で、損傷を受けた箇所の筋・筋膜の再生・修復が促進されます。
(2)線維筋痛症
線維筋痛症は筋・筋膜性疼痛症候群とは違う病気ですが、共通点があります。線維筋痛症の診断基準の一つはトリガーポイントが11箇所以上とされていますが、筋・筋膜性疼痛症候群より自覚症状は強く重いです。
線維筋痛症は筋肉だけではなく、痛む場所は全身に広がります。座っても寝ても、24時間痛いことが多いです。また痛みだけではなく、さまざまな不快症状が伴い、生活の質はかなり下がります。最新検査機器を使って検査しても、原因は見当たらないため、根本的な治療法もありません。患者さんにとって実につらい病気で、確立されている治療法がないため、ドクターにとっても悩ましい病気の一つです。
線維筋痛症のような原因不明、治療方法のない病こそ、鍼灸治療を試してみる価値があると思います。中国成都中医薬大学付属病院鍼灸科の臨床報告により、2007年12月~2009年6月の間で、186名の線維筋痛症外来患者を無作為に抽出し、①鍼・吸角(通称吸玉)・薬組(62名)②鍼・吸玉組(64名)③服薬組(60名)に分け、①組は20分鍼を施術した後、5分間の吸玉をします。週に3回の治療をして4週間を続けました。そして、毎日寝る前にアミトリプチリン(amitriptyline)*11を服用。②組は①と同じように鍼と吸玉の施術を4週間に続けましたが、服薬はありません。③組は鍼と吸玉をせずに、アミトリプチリンだけを4週間を飲み続けます。4週間後に各組の治療効果を見てみると、もっとも良いのは①組で、有効率は95.0%となりました。完治した症例は①組は10名、②組と③組はゼロでした。痛みの激しいトリガーポイントは、①組は15.58±1.50から4.74±3.20までに減少し、②組は15.20±1.46から8.60±2.81に、③組は14.97±1.79から9.44±2.05までに減少しましたが、①組ほど効果は上げられませんでした。うつ状態の改善率も①組はもっとも良かったです。
この症例では、服薬(線維筋痛症にも効果のある抗うつ剤を使用)しながら鍼灸治療を受けたほうがもっとも治療効果が良かったです。どの種の病気に対しても、もし既に病院での治療を開始し、薬を処方されているならば、鍼灸治療を併用してもよいのです。
よく患者様からも同様な質問を受けます。例えば、病院で既に免疫抑制剤を処方され、飲み続けているのですが、同時に鍼灸を受けて大丈夫なのか、抗ガン剤治療中で、鍼灸を受けても良いのか、長年降圧剤と抗凝固薬を飲んでいるのですが、鍼灸を始めても体に影響はないかなどです。答えは「全く問題ないのです」。治療薬の副作用を軽減するだけでなく、病気本体に対する治療、そしてその病気になってしまった患者様の問題体質を根本から改善することも鍼灸治療の目的の一つです。また、病気の種類や病期によっては、鍼灸は主役(つまり鍼灸治療のみで治る、病気を予防したい場合)であったり、脇役(補助的な治療法として)であったり、状況をその都度分析・判断し、患者様の利益を最優先に、その時の最善な方法をとればよいのです。
野良ちゃんも暑いよ
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