どうして鍼灸は効くの(59)?
今日は虚血・再灌流障害という普段、目に触れることの少ない話をします。
5、虚血・再灌流障害における免疫調節
心筋梗塞、脳梗塞、臓器移植、内臓手術など組織・臓器の損傷に伴う最も発生頻度が高いのは血液循環傷害による組織虚血です。虚血の期間が長いと損傷が不可逆的なものになり、組織壊死、臓器機能の障害をもたらします。
もし、組織障害が可逆的なもので、血流が再開すれば回復するはずですが、虚血状態にあるまだ生きている組織に血流が再開すると、組織の損傷が逆に増悪し進行する場合はよくあります。この現象を虚血・再灌流障害といいます。
虚血・再灌流障害を引き起こす原因は現段階でまだ完全にわかっていませんが、以下のようなものがいくつか考えられます。
・虚血損傷が発生すれば炎症も起こります。一時虚血状態の組織に血流が再開すると、白血球や血漿タンパク質などの流入が増加します。活性化された血管内皮細胞や白血球からインターロイキン-1(IL-1、特にIL-1β)、腫瘍壊死因子(TNF、特にTNFα)などのサイトカインが大量に放出されます。
・IL-1、TNFなどのサイトカインはリンパ球、好中球などの顆粒球、単球(マクロファージなど)などの免疫細胞の産生増殖、機能亢進をさせます。
・TNF-αは好中球からエラスターゼというタンパク分解酵素の分泌を亢進させ、細胞を破壊し組織障害を引き起こします。血管内皮細胞の障害が起こると、血管内皮透過性が亢進し血漿が血管外に漏出して血液が濃縮するため、微小循環が停滞し微小循環障害が起きます。組織の虚血は更に強くなり、最悪臓器の機能不全になってしまいます。
・TNF―αは血管内皮細胞を活性化すると同時に、線溶系因子(血栓溶解に働く物質)の活性を弱め、内皮細胞血栓形成機能を増強するため、微小血栓の形成が加速度します。
・TNFおよびIL-1は内皮細胞表面の接着分子の発現、ケモカインなどの走化性因子の産生を促進するため、白血球の補給を増強します。
・補体系*29も活性化するため、白血球の内皮細胞への接着を更に強化し、強力な走化因子として白血球の遊走・増殖に働き、組織傷害を助長します。
・TNF-αは血管内皮細胞のミトコンドリアを損傷するため、細胞内呼吸が不能になり酸素の不完全な還元が発生し、また虚血になった細胞の抗酸化機能が低下し、活性酸素が大量に発生します。これもよって細胞・組織損傷は増悪します。
・TNF-αはミトコンドリア内膜の透過性を亢進させることにより、細胞のアポトーシスを誘発します。
虚血・再灌流障害を防ぐには、現代医学の臨床で好中球エラスターゼ阻害剤、TNF・IL-1産生阻害薬、中和抗体等が使われています。
近年、鍼灸の虚血・再灌流障害における予防・治療効果に関する研究はかなり進んでいます。各研究グループはマウス、ウサギで脳、心臓、肺臓、大腸などの虚血・再灌流障害モデルを作り鍼治療を行い、炎症組織のTNF、IL-1の発現に対する影響を観察しました。一つの例として、中国医学科学院北京協和病院中医科、北京協和医学院基礎医学研究所の共同研究結果を紹介させていただきます。
当研究グループはラットを健常組、偽手術組、虚血・再灌流モデル組、鍼治療組の4組を分けました。モデル組と治療組は、ナイロン糸をラットの内頚動脈に挿入し前交通動脈近傍まで進め、ウェッジさせることで右側中大脳動脈を閉塞し虚血状態を作り、1時間後にナイロン糸を抜出して、左側前肢の運動障害を確認し虚血・再灌流モデルを作ります。治療組はナイロン糸を抜いてから30秒、12時間、24時間後に鍼治療を20分間続けます。その後1日1回、20分の治療を施します。偽手術組は頚内、外動脈を分離するだけで、ナイロン糸を挿入しません。健常組のIL-1βとTNF-αの発現は通常通りの低いレベルに対し、モデル組の虚血側脳中のIL-1βとTNF-αの発現は虚血状態解消後の48時間から96時間の間は最に多く、治療組のIL-1βとTNF-αの発現はモデル組よりかなり抑えられていることを確認しました。
結論としては、鍼治療は虚血・再灌流の組織炎症物質の発現を抑制するため、炎症による細胞・組織傷害を軽減し、損傷した組織・臓器の修復を促進できます。IL-1βとTNF-αを含めた炎症性サイトカインの抑制効果に特化した話なら、2016年12月8日に書かせていただきましたブログ「鍼談灸話(2):老化を引起す慢性炎症に対する鍼灸治療①-炎症性サイトカイン」も併せてご参照いただければと思います。
上記の研究以外の研究報告を見る限り、鍼灸は多様な組織・臓器における虚血・再灌流障害の治療に対して有意義であることを結果づけることで一致しております。
*29 補体:血清に存在する一群の非特異性免疫因子の総称です。補体(Complement,C)は肝臓で生成し血中に放出され、抗体により活性化し、抗体の働きを補います。補体の成分はC1からC9まで番号付けられ、血中に一番多いのはC3で、補体免疫反応の主役です。補体は抗体と共同或いは単独で働き、生体防御に重要な役割を演じます。主な働きは、
①第3成分(C3)の断片が微生物の表面に結合して食細胞に対して異物の標識になり、食細胞の貪食作用を亢進させます(オプソニン化)。
②白血球などの食細胞に対して強力な走化因子として働き、血管内から感染箇所へ游走させます。
③細菌の表面に付着し、細胞膜に穴を開け、細胞膜傷害複合体を形成して細菌を殺します(免疫溶菌現象)。
秋ですね!
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