どうして鍼灸は効くの(47)?
鍼灸がいかに生理活性物質を調節しているのかをここしばらく書いてきました。前回のブログで熱ショックタンパク質(HSP)の話をしましたが、今回は上皮成長因子、血管内皮細胞増殖因子と鍼灸治療との関係を見ます。
7、上皮成長因子(EGF)とその受容体(EGFR)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)とその受容体(VEGFR)
上皮成長因子(EGF)は血液や体液に存在するたんぱく質です。上皮系、間葉系*23、神経系起源の多様な細胞の表面に上皮成長因子受容体(EGFR)が存在する。EGFRは糖たんぱくで、チロシンキナーゼ型受容体*24であり、一回膜貫通型で、細胞外ドメイン、細胞膜貫通ドメインと細胞内ドメインという三つの領域を持っています。チロシンキナーゼ(protein tyrosine kinase PTK)は酵素であり、たんぱく質のチロシン残基を特異的にリン酸化する機能を持ちます。
EGFはリガンド(ligand 、あるたんぱく質と特異的に結合する物質)として、EGFRの細胞外ドメインのリガイド結合部位と特異的に結合して、EGFRを活性化します。活性化されたEGFRはさらに細胞内ドメインにあるチロシン残基をリン酸化します。チロシンのリン酸化が細胞内情報伝達系活性化の引き金となり、シグナル伝達経路により、刺激を細胞核までに伝えます。その結果、核内の転写活性が高まり、DNA複製及びたんぱく質合成が促進され、細胞の増殖が行われます。
EGFRの働きは二つにまとめることができます。一つ、細胞の増殖、組織や臓器の形成・発達に関わっています。もう一つ、細菌に対する皮膚の防御機能です。皮膚や好中球などの免疫細胞には天然の抗生物質であるディフェンシンが存在します。ディフェンシンは18〜45のアミノ酸からなるオリゴペプチドで、細菌(特にグラム陽性球菌)、真菌などの微生物の細胞膜と結合して、膜に孔のような欠損を作って、細胞内容物(イオン、栄養物質など)を細胞外に流出させ、細菌などの微生物を不活性化にさせます。そして、EGFRはHB-EGF*25の受容体としてディフェンシンの生成にも関与しています。
血管内皮細胞増殖因子(VEGF)は糖たんぱく質で、リガンドとして血管内皮細胞の表面にある受容体(VEGFR)と結合して、チロシンキナーゼを活性化します。EGFRと同様に、刺激はシグナル伝導によって細胞内に伝わり、結果として脈管の形成、血管の新生に働きます。
脈管の形成は胚発生のときに血管芽細胞から血管網を形成します。血管の新生は、一つは既存の血管から毛細血管の新芽が伸びて、新たな血管を作り出します。もう一つは骨髄由来の血管内皮前駆細胞が損傷された組織部位に遊走し、次から次へと内皮細胞を増殖・編成して毛細血管管腔を形成します。こうして、血管の新生は虚血部位(例えば梗塞した心臓、脳、糖尿病性の壊死組織、虚血性疾患の下肢組織など)での傍側循環の発達や損傷部位の治癒において、大変重要な意義を持っています。
このように、上皮成長因子と血管内皮細胞増殖因子とそれぞれの受容体は、細胞の再生・増殖、血管の再生・形成をも促進しますので、胎児の形成期における重要性はいうまでもなく、病気、外傷などにおいて組織の修復・再生、臓器機能の維持・増強等に重要な役割を果たしています。
それでは、鍼灸はEGFとVEGFに対してどんな影響があるのか。
中国湖南省中医薬大学鍼灸推拿学院や国家中医薬管理局付属研究室は鍼灸の胃粘膜に対する保護作用の研究で、お灸は損傷された胃粘膜上皮におけるEGF、EGFRやTGF-α*26を増やす役割があると示しました。
まず浸水性拘束法によって実験用のラットは過度のストレスで胃潰瘍になりました。灸治療組として、胃潰瘍モデルラットの皮膚から2cmを離れたところに、棒灸でツボを30分温めて、1日に1回、8日間を続けました。その後健常ラット(対照組)、灸治療しない胃潰瘍モデル組と共にEGF、EGFR、TGF-α値を測定しました。
その結果、モデル組はEGF、EGFR、TGF-α値は全て上昇しました。これは胃潰瘍によって本来持っている自然治癒力は刺激され、懸命に創傷を修復しようとカラダが頑張っている印です。ところが灸治療組のデータはモデル組より更に高くなっています。つまり、お灸という温熱療法はEGFなどの産生を刺激し、創傷の治癒、組織の修復などの自然治癒力を向上させる作用があります。
中国南方医科大学中医薬学院は鍼治療が脳梗塞モデルラットの脳虚血の改善作用について研究しました。健常ラットに人為的に脳梗塞を起こし、大脳皮質と海馬域を局所性欠血にさせ、半身不随などの脳梗塞後遺症を引き起こしました。脳梗塞になった直後、一部のモデルラットに鍼治療を施し、置鍼の1時間の間に何度も手技をしました。更に脳虚血になった12時間後、23時間後に同じ方法で合計して3回の鍼治療をしました。24時間後に鍼治療組、しない組と健常組のVEGFを測定しました。
健常組のVEGFは8.75±1.49(ng/L)でしたが、鍼治療していないモデル組の脳虚血域のVEGFは36.75±2.71、鍼治療をした治療組の脳虚血域の値は47.88±3.76でした。モデル組のVEGFは健常ラットよりずっと上昇したのがカラダに備わっている本来の自然治癒力の現れで、いち早く新生血管を作って虚血を改善しようと、早々にVEGFが増えてきたということです。それに比べ、鍼治療組のVEGFの値はもっと高くなったことは明らかになって、鍼刺激で脳梗塞、心筋梗塞、他の虚血性疾患などの予防と治療に対して役立つことは立証されました。
次回は神経栄養因子を考えます。
*23 間葉系:結合組織の一つで、間葉組織系ともいう。間葉細胞と液状基質からなる。間葉細胞は未分化の細胞で、成長因子の刺激で線維芽細胞、筋細胞、骨・軟骨細胞、脂肪細胞などいろいろな細胞に分化し、様々な支持組織になる。
*24 チロシンキナーゼ型受容体:受容体(レセプター)はリガンドと特異的に結合するたんぱく質である。受容体は構造によって細胞膜貫通型、イオンチャネル内蔵型、細胞内型(核内受容体スーパーファミリーなど)に分けられる。細胞膜貫通型にはGたんぱく質共役型、チロシンキナーゼ型、グアニル酸シクラーゼ型などがある。チロシンキナーゼはチロシンというたんぱく質をリン酸化する酵素であり、チロシンキナーゼ型受容体はチロシンキナーゼ活性を持つ受容体である。チロシンキナーゼ型受容体は一回膜貫通型で、代表としては細胞増殖因子受容体であるが、ほかにインスリン受容体、細胞接着因子受容体、血小板由来成長因子受容体(PDGFR)、線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)、肝細胞成長因子受容体(HSFR)、サイトカイン受容体、ANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)受容体などがある。
*25 HB-EGF:ヘパリン結合性上皮増殖因子様増殖因子。ヘパリン結合性をもつEGFの総称である。ヘパリンは肝臓・肺臓・肥満細胞などで生成するムコ多糖の硫酸エステルで、各組織に広く分布し血液凝固阻止作用を持つ。
*26 TGF-α:トランスフォーミング増殖因子(TGF)は形質転換増殖因子ともいい、EGFと同様な性質がある。同じようにチロシンキナーゼ型受容体に結合しシグナル経路により細胞の分化・再生、胚胎の発育、組織の発生などに務められている。TGFファミリーにはTGF-α、TGF-βがあるが、TGF-αは主に脳神経細胞、大食細胞のマクロファージ、角化細胞のケラチノサイトで産生される。上皮細胞の分裂を促進し、上皮の再生、皮膚創傷の治癒を助ける。
親戚が北海道で取ってきたアワタケ、冷凍にしておすそ分けをもらいました。味噌汁を作っていただきました、なめこに似ていて、とても美味しいです!
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