どうして鍼灸は効くの(42)?
今まで鍼灸の鎮痛効果、血流促進効果、神経調節作用について書かせていただきましたが、今日からしばらく生理活性物質に対する調節作用を見ていきます。
四 鍼灸の生理活性物質に対する調節作用
1、体内の情報伝達系と生理活性物質
人体を構成する細胞は60兆にも及ぶ莫大な数です。様々な細胞集団から組織や器官が作られ、それぞれの機能を全うしています。各々の細胞は生存のため常に代謝を行うと同時に、組織や器官の一員として機能しています。細胞のこのような営みは勝手にしているわけではなく、時々刻々に細胞外からの指令(情報)を受け入れ、それに応答する形で行っています。
細胞に指示を出す細胞外の情報伝達機構は三つがあります:
①神経系
②内分泌系
③免疫系
情報伝達の手順は分かりやすくいいますと、まず伝達機構(司令部)から化学物質である細胞外情報伝達物質(アゴニスト)を放出します。アゴニストが標的細胞(効果器)の表面にある受容体(レセプター)と特異的に結合し、細胞内の情報伝達系を起動させます。細胞内でその情報を作業装置までに伝達し、標的作業装置の働きによって細胞機能を果たしています(細胞応答)。
細胞外の情報伝達物質(ファーストメッセンジャー)は、神経系では神経伝達物質、内分泌系ではホルモン、免疫系ではオータコイドとなります。細胞内の情報伝達物質(セカンドメッセンジャー)ではサイクリックヌクレオチド(cAMP,cGMP)、Ca²⁺、ノシトール1,4,5-三燐酸(IP₃)、ジアシルグリセロール(DAG)などがあります。これらの生理活性物質の働きにより細胞代謝や臓器機能は、物理的・化学的性状が恒常的に一定の範囲内に維持されている環境(ホメオスタシス)で行わられています。
2、活性酸素(ROS)とスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)
活性酸素は人体に対し危害を持つことは既に常識になりつつあります。活性酸素は、細胞内小器官のミトコンドリア内で酸素を消費してエネルギーを産生する時に発生します。フリーラジカル(不対電子)を持つスーパーオキシド(O₂⁻・)、過酸化水素(H₂O₂)、ヒドロキシラジカル(・OH)などがあります。細胞において活性酸素がふつうに産生されますが、様々な抗酸化防御機構(スーパーオキシドジスムターゼ、カタラーゼ、グルタチオンなどの酵素)が組織や血液に存在していますので、通常では活性酸素の産生を最小限に抑えます。また、ビタミンE、A、Cやβカロテンなどの抗酸化物質はフリーラジカルの産生を阻止するか、産生後のフリーラジカルを除去する機能を持ち合わせます。
活性酸素は人体に対して有益な働きもあります。体内に炎症性疾患が発生したとき、活性化された白血球(好中球、マクロファージ)から活性酸素を放出しウイルス、細菌などの病原微生物を分解できます。ところが、何らかの原因で活性酸素の産生が過剰になり、防御機構が弱まると、活性酸素が蓄積して人体が酸化ストレス(oxidative stress)に逆に曝されることになってしまいます。
酸化ストレスをもたらす素因としては、精神的ストレス、過労、喫煙、過度な飲酒、過度な運動、紫外線、自動車の排気ガス、食品添加物質、農薬などが挙げられます。
活性酸素は強い細胞毒を持っています。それは、細胞膜脂質の過酸化、たんぱく質破壊、細胞内のDNA断片化などにより、細胞老化と動脈硬化の促進、細胞のガン性変などと直接かかわっています。
以前から鍼灸治療は健康維持、老化防止などに応用され、確実的な効果が遂げられていました。中国では「健康と長寿になりたいなら足三里のお灸を絶えぬ」という言い方がありますが、日本の俳人・松尾芭蕉は旅に出る前に、病気の予防と健脚のために必ず足三里というツボにお灸をすえるという記録があります。暁晴翁の雲錦随筆(日本随筆大成巻二、吉川弘文館、一九二七年版)に、寛政八年(1796年)、日本の三河国宝飯郡(現在の愛知県宝飯郡)水泉村に満平という名の農家がいました。彼の年齢はなんと194歳でした。奥さんは173歳、息子は153歳、孫は105歳で、その長寿の秘訣は足の三里に年中お灸をすえていたという言い伝えがあります。一般の方はご自宅で自分に鍼をすることはできないかと思いますが、お灸ならどなたでもやりたい時にできます。
鍼灸の長寿効果に関する研究は、この二十年ぐらい専門研究機関でブームとなっています。研究により、鍼灸がSODの活性を高め、ROSを減らす効果があることが徐々に解明されてきました。
北京中医薬大学鍼灸学院の実験では、高脂血症にさせたモデルラットに鍼をした結果、内臓(肝・脾・膵臓・肺)のSODは約25〜38%が増えました。また、脂質が過酸化後の物質が分解されできた物質の一つであるマロンジアルデヒド(MDA:臨床には酸化ストレスを検定する主要なマーカーとして用いられる)は、6〜7%が減らされました。
広西中医学院はウサギにお灸をした後のSOD活性を検定した結果、約8%が増加しました。
山東中医薬大学はある産業病院の脂質異常症外来患者から、46〜80歳の51人(男性26人、女性25人)を鍼組・灸組に分けて、また抗脂質過酸化剤のビタミンEを服用する20人(48〜72歳、男11人、女9人)を対照組として実験を行い、1治療コースを一ヶ月としました。鍼組は一日1回、週に5日間を続け(共20回)、灸組は週に2回、共8回、ビタミンEを服用する組は一日2回、一回0.1gを飲むことにしました。一ヵ月後に受験者の血を採って、治療を受ける前のSOD、MDA値を比べた結果、
鍼組:SODは約20.7%増え、MDAは約31.9%減りました。
灸組:SODは約20.3%増え、MDAは約37.1%減りました。
ビタミンE組:SODは約15.8%増え、MDAは約26.1%減りました。
鍼灸は確実に活性酸素の生成を抑え、その効果はビタミンEよりも優れています。
ほかにも同じ結論を出した研究報告は多数にあります。鍼灸の刺激は活性酸素(ROS)を分解する酵素のSOD(スーパーオキシドジスムチーゼ)の活性を高め、活性酸素(ROS)と過酸化脂質の分解産生物であるマロンジアルデヒド(MDA)を減す効果があります。細胞の老化防止、動脈硬化の改善、細胞ガン性化の予防などに役立ちます。
次回は引き続き、ほかの活性物質を見ていきます。
アジサイは咲き始めました。
身近な生き物たち。
カラスの水遊び。
初夏の匂い。
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