どうして鍼灸は効くの(25)?
前回のブログで私たちが痛みを感じる仕組みを書きました。痛みを感じるというのはつらい体験である一方で、命を守る上で非常に大事な自衛機能という役割もあります。痛みは体の異常をリアルタイムで本人に知らせて、早急な対処を促しているのです。痛みを引起す疾患は命取りとなるものが多くあるため、痛みに対する感覚の「慣れ」はありませんが、直ちに命に直結しない痛みはある程度緩和できるよう、人体には元々いくつかの仕組みが備え付けられています。今日はこれらの痛み緩和システムを見ていきましょう。
2、なぜ痛みを感じないのか
生活のなかでたまに体に傷ついたり、怪我したりしますが、いちいち痛みを感じるわけではありません。患者さんを治療するとき、時々足や腕に大きなアザを見かけますが、「ここどうしましたか」と聞いても、「あら、いやだわ。いつやったのか全然わからない。」という答えが返ってくることが多いです。なぜ痛みを感じないのか、それは体内に痛みを必要以上に感じさせない内因性疼痛抑制という仕組みが最初から備えられているからです。
(1)内因性モルヒネ様物質(オピオイド)鎮痛系
古くからアヘンやモルヒネなどの麻薬は利用されていますが、現在、主にガンなどの強い痛みの鎮痛剤として使われています。麻薬の鎮痛効果があるのは侵害受容伝導路の神経活動を抑制できるからです。麻薬による抑制の作用部位は二か所あると考えられます。一つはシナプス前作用で、侵害受容求心性神経線維終末からサブスタンP(P物質)の放出を阻止することによって、疼痛の電気信号が二次求心性ニューロンに伝えることができず、大脳感覚野まで伝導されることもないため、脳は痛みを感じません。もう一つはシナプス後作用で、抑制性シナプス後電位を生じて侵害受容の興奮は上方へ伝えるのを抑えて、痛みを感知できなくなります。
麻薬の鎮痛効果はナロキソンという特異的な拮抗物質によって出現しなくなることもわかっております。1970年代前半に、放射性同位元素を用いて実験した結果、脳にモルヒネと立体特異的に結合する受容体(オピオイド受容体)が存在することは明らかになりました。その後、脳内局所に電気刺激を与えて麻薬と同じ鎮痛効果が得られましたが、ナロキソンで減弱することから、そもそも体内で産生される内因性モルヒネ様物質(内因性オピオイドとも言います)が存在するのではないかと想定されました。その後次第に、エンケファリン、ダイノルフィン、β-エンドルフィンなど20数種類の内因性モルヒネ様物質が発見されました。
内因性モルヒネ様物質を含む神経細胞は主に脳や脊髄に広く分布しています。これらのオピオイドと特異的に結合するのはオピオイド受容体といい、神経系(脳・脊髄・末梢神経)の広範囲に存在します。オピオイド受容体にはμ(ミュー)、κ(カッパ)、δ(デルタ)、σ(シグマ)、ε(イプシロン)の五つのタイプが発見され、いずれも鎮痛作用に関与しますが、特にμ受容体は強力な鎮痛作用を持っています。また、μオピオイド受容体の産生は神経伝達物質のドーパミンに支配されるのがわかり、脳が痛みという刺激を受けると、フェイジック・ドーパミン*2が放出されます。すると、μオピオイド受容体が産生され、痛みは抑えられます。フェイジック・ドーパミンは快感、報酬への期待感などによって分泌されますが、ストレスで分泌が悪くなります。そのため、慢性的にストレスがたまったとき、痛みを強く感じたり、或いは存在していない痛みを感じたりします。
内因性モルヒネ様物質は治療用の麻薬と同じような働きをしています。普段の生活で少々の怪我などにより分泌され鎮痛効果を得ていると考えられます。このような物質はもし体内に存在していなければ、私たちはたぶん常にあっちこっちの痛みで苦しんでいるかもしれません。
(2)下行性痛覚抑制系
過剰な疼痛感覚を抑える神経伝達物質は、オピオイド以外にもあるでしょうか。アメリカの心理学者ディビッド・レイノルズは第3脳室と第4脳室をつなぐ中脳水道を取り込む神経核の中脳中心灰白質(PAG)を電気刺激しながら、無麻酔でラットの開腹手術に成功しました。PAGの腹外側縁が鎮痛部位で、電気刺激で痛覚閾値を高めること(つまり痛みを感じにくくなること)ができるという結論が出されました。レイノルズの研究結果がきっかけとなり、1979年にアメリカの神経解剖学者アラン・バスバウムと神経生理学者のハワード・フィールズが下行性疼痛抑制系を発見しました。疼痛の下行性抑制は、脳(上部)からの神経伝導系は脊髄後角にある侵害受容ニューロン(下部)を抑制することにより、痛みが軽減されます。中脳中心灰白質(PAG)は下行性疼痛抑制系の起始核であり、視床下部の弓状核(漏斗核ともいい、この神経核の細胞にはエンドルフィンが含まれている)、扁桃体中心核、視床束傍核、前頭皮質、島皮質、網様体、青斑核など脳幹のさまざまな領域からの求心性線維を受けています。脊髄後角にある侵害受容ニューロンに対する抑制作用のある経路は二つがあります。一つは、脳幹の橋網様体にある青斑核(ノルアドレナリン含有の最大の細胞群で、ほかにエンケファリンなども存在する)から放出されるノルアドレナリンのようなカテコールアミン抑制系で、一つは延髄にある大縫線核のニューロンから放出するセロトニン抑制系です。
(3)痛みのゲートコントロール説
私たちは不注意で手足をぶつけたりする時、手で痛いところをさすったり撫でたりすると、痛みはすっと消えてしまう体験がよくあります。こういう不思議な現象はゲートコントロール説で説明できます。この説は1965年にロナルド・メルザックとパトリック・ウォールによって提出されました。
前に皮膚に様々な受容器があると紹介しましたが、どの受容器も刺激を受けてから、それをインパルス(電気信号)に変換し求心性神経を介して脊髄後角に入力します。脊髄後角でシナプスによりインパルスを次のニューロンに伝えて、最後大脳感覚野に到達するという伝導経路となっています。受容器とつながっている神経の太さは同じではなく、最も太いのは触・圧感覚を伝導する神経線維(Aβ)で、その次は荒い接触を伝導する神経線維(Aδ)で、痛覚を伝える自由神経終末には、有髄のAδ線維(刺す痛み)と無髄のC線維(灼える痛み)がある。
ゲートコントロール説は、脊髄後角のⅡ層膠様質にある細胞(SG)がゲート(関門)のような役割を果たすと想定します。通常はゲートが閉じている状態ですが、痛み情報が入ると開き、その情報を脳に伝えて痛みを感じるのです。ところが、SG細胞は太い線維と細い線維両方を収束していて、Aβのような太い神経線維の入力がSG細胞(ゲート)を閉ざす機能があるため、痛覚を伝えるAδやC線維のような細い神経線維からの信号を遮断することになります。その結果、SG細胞が両方の神経線維に対してシナプス前抑制をかけ、痛みという情報は上位中枢に伝えることができなくなり、鎮痛効果が得られたわけです(後ほど多少の理論修正がありましたが、ここで省略します)。
(4)広汎性侵害抑制調節(DNIC)による鎮痛効果
痛いところがあると、別の所を叩いたりつねったりすることによって、痛みは軽減することはしばしばあります。つまり害のない痛みにより病的な痛みが抑えられるのです。パリ神経生理学研究所のダニエル・ル・バースらはラットの実験で、広汎な身体の部位(からだの様々な異なる部位)に加えた侵害刺激が、病的な痛みを伝えるC神経線維の興奮を抑制することができると報告しました。DNICに関するメカニズムについて、延髄の背側網様亜核からのネガティブフィードバッグ機構が関与しています。すなわち、からだの違う部位に加えた侵害刺激が本来の痛みの情報伝達を遮断できるのです。
次回は上で紹介した元から人体に備えられているこれらの疼痛抑制システムに、鍼灸治療がどう影響しているのかについて見たいと思います。
*2フェイジック・ドーパミン:ドーパミンは主に中枢神経系に存在する神経伝達物質です。セロトニン、アドレナリンとともに報酬系に作用し、感情・意欲・学習などに関与します。運動の調節(少ないとパーキンソン病に)、ホルモンの分泌調節(乳腺の発達・乳汁の分泌をつかさどるプロラクチンホルモンの分泌を抑制する)にかかわります。近位尿細管でも産生し、血管を拡張し、腎臓の血流を増大する働きもあります。フェイジック・ドーパミンはドーパミンファミリーの一つで、痛み・快感報酬系などの刺激で産生が増加し、鎮痛作用を発揮します。ストレスにより、同じファミリーのトニック・ドーパミンはストレスにより活性が増加し、フェイジック・ドーパミンの働きを抑えます。そのため、不安・焦燥などが強い場合、感じる痛みは増幅されます。
夜中に強風が通り過ぎて、朝見てたら鉢が落ちてしまいました(読みが甘かったです、反省)。しかし、びっくり!ハイビスカスは倒れたまま今年初めての花を咲かせました。そして、鉢のすぐそばに、今にでも息が絶えそうな蝉がひっくり返っていました。
もう息が絶えたと思ってアブラゼミを軽く触ったら、起き出してカラダがひっくり返えり、背中を見せてくれました。しかし、もう飛ぶ力は残っておらず。このままそっとしておきました(次の日の朝、完全に硬くなったカラダをプランターの土に埋めました)。
ベランダに置きっぱなしにしてしまい、冬の寒さにやられてしまったハイビスカス。もう枯れそうになったハイビスカスの枝を一回り落とし、一度つるつるになりましたが、5月になったら葉っぱがどんどん伸びてきて、完全に復活しました!(ありがとう、ごめんね)
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