どうして鍼灸は効くの(23)?
経絡に関する仮説は、すでに「結合組織関連仮説」と「神経関連仮説」を述べましたが、今回は「血管・リンパ系関連仮説」と「細胞のギャップ結合関連仮説」について見てみます。
(3)血管・リンパ系関連仮説
1973年に湖南省長沙の馬王堆三号漢墓から、たくさんの医薬学書が出土しました。絹地か竹で作られた書(帛書・竹簡)に記載されている経絡のことをすべて「脈」と称しています。一方、『黄帝内経』の中で、「脈」と「経脈」が混用されています。『内経』の《素問・脈要精微論》には「脈は血の府」、《霊枢・本臓》には「経脈は気血を行かせて陰陽を営み、筋骨を潤い関節を養う」と記しています。気と血がともに経脈の中に存在し、経脈は気・血の運行通路となっていて、これは現在言っている経絡の機能と一致します。また、《霊枢・血絡論》においては、経脈には、血と気がともに盛大で刺鍼すると血が射出するものと血が黒く刺しても射出しない脈があると記載されていて、明らかにこれは動脈と静脈のことを意味しています。《霊枢・動輸》には、十二経脈中の手太陰、足少陰・陽明に拍動して止まらない脈があると記していますが、これは体表近くで動脈の拍動が触れる肺経の太淵穴、腎経の太渓穴、胃経の人迎穴・衝陽穴のことを指しています。動脈はほとんど人体の深部にあるが、体表に指で触って拍動が分かるのは数ヶ所しかありません。例えば、橈骨動脈(太淵穴)、後脛骨動脈(太渓穴)、総頚動脈(人迎穴)、足背動脈(衝陽穴)などです。
経脈は縦の脈で、太く強く、気と血を運んで全身を循環します。経脈以外には絡脈もあり、『内経』に体表に浮かべて見える脈はみんな絡脈であると記されています。絡脈は経脈の分枝で横に流れてネットのように絡み合って、皮膚や粘膜など全身の隅々まで気・血・津液(体液・栄養素)などを運んでいきます。また、「陽絡(表面の絡脈)が傷づけられると血が外に流れて、陰絡(奥の絡脈)が傷づけられると血が内に流れる」と述べてあります。明らかにここで論述された経脈は大血管で、絡脈は小血管のことです。絡脈から分枝するより細かい脈は孫脈といい、孫脈は毛細血管のことだと推測できます。鍼灸臨床治療には「刺絡」(潟血)という治療法がありますが、これは皮膚の微小血管や浅静脈に鍼を刺し少し血を出す療法です。
経脈の走行から見てみましょう。例えば、手の太陰肺経は「中府」というツボから始まって、次のツボは「雲門」で、この二穴の下に腋窩動脈が走っています。三番目のツボ(天府穴)から十番目のツボ(魚際穴)までの流れは腋窩動脈の分枝である上腕動脈とその続きの橈骨動脈の走行とは全く一致しています。また、手の少陰心経は四番目の霊道穴から神門穴までの流れは尺骨動脈の走行と一致しています。このように、経脈の流れの一部は大血管の走行と一致するのは所々に見えます。
現在、経脈と絡脈を併せて経絡と称するようになりましたが、昔から経絡のことを血管と一緒に考えたのは確かでした。刺絡以外に直接血管に刺すことはしませんが、血管のことを経絡だと思って、血管の近くに刺鍼すれば気と血の流れが改善し、病気が治ると考えられました。
一方、中国上海中医薬大学はリンパ管の流れを示すために胎児の死体に炭素墨汁を注射したところ、手首にある太陰肺経の終止穴である少商穴に注入した墨汁は皮下リンパ管を沿って第一中手骨の内側を上り、手首の橈側(外側)から肘部を経て上腕二頭筋の外側を通って斜めに行って腋下リンパ節に到達しました。この流れは太陰肺経の流れと一緒です。実際には、大きい血管(動・静脈)、神経、リンパ管の3者はだいたい伴行しているため、太陰肺経の場合、経絡の流れは血管・神経・リンパ管の走行とほぼ一致になっているということです。これは経絡の治療作用は血管・神経・リンパ管を外して語ることはできないことを物語っています。
ほかの経絡、例えば心経、胃経、脾経、肝経、膀胱経などの流れもリンパ管の走行に似ています。体表に近い集合リンパ節の多い耳の前後、頚部、鎖骨の上下、腋窩、鼠径部に必ずツボがあります。また深部にリンパ節が集中する胸部、腹部の体表にもたくさんのツボがあります。ウサギの下腿リンパ管を刺激したところ、大腿動脈や大腿神経を刺激したときと同じように、腸の蠕動が活発になる効果が得られました。
リンパ管系は血管系と同じように、毛細リンパ管から始まって毛細リンパ管網を作り、分枝・吻合を繰り返した後、合流してリンパ管を作ります。リンパ管の主幹は2本があり、最終的には静脈に接続します。ヒト体重の60%は水分で、中に細胞内液が体重の40%、細胞外液が20%です。細胞外液の1/4が血漿として血管の中に、3/4が血管外の細胞間隙に間質液として存在します。この間質液は透明で、動脈性毛細血管の血液から細胞間隙に濾過させたもので、静脈性毛細血管の血漿に戻って常に循環・代謝されています。間質液の一部はリンパ液として毛細リンパ管にも入ります。間質液にある血管内皮細胞の間隙から濾出した少量のアルブミンなどの血漿タンパク質は、割合に大きい毛細リンパ管の小孔を通過できるので、毛細リンパ管に入ってリンパ管系を介して静脈血管内に戻り、リンパ管系は血管系循環を助けています。一日のリンパ液の流量は約2〜4リットルで、リンパ管系の流れに障害が出ると間質液がたまってしまい、むくみが出るわけです(リンパ性浮腫など)。
リンパ液が流れているリンパ路の途中にリンパ節があります。リンパ節がエンドウ豆の形をし、中に食作用を持つ細網内皮細胞・リンパ球・マクロファージ・単球などが大量に存在しています。リンパ節が濾過機能を果たすだけではなく、免疫機能も併せ持ちます。異物・病原体・腫瘍細胞・老化細胞の破片・色素などはリンパ節を通るときに免疫細胞に捕食され処分されます。また、大食細胞であるマクロファージは病原体(細菌・ウイルス・寄生虫など)を殺すだけではなく、特異免疫系にそれを抗原として提示し、リンパ球系の免疫を活性化させます。そのために、リンパ節は重要な免疫器官として位置づけられています。
鍼灸の刺激はリンパ管のリンパ液の輸送機能をよくし、リンパ節の免疫機能を高める効果があるわけで、逆に言えば、このことから経絡とリンパ系の関連説は容易に理解できます。
(4)細胞のギャップ結合(gap junction)(細隙結合[ネクサスnexus])関連学説
ヒトの体はやく60〜100兆個の細胞からなります。細胞の大きさは通常直径が10〜20㎛ですが、リンパ球のように直径が5㎛の小さい細胞がありますし、卵細胞や神経細胞のように直径100㎛以上の大きい細胞もあります。すべての細胞は細胞膜と膜に包まれている細胞質からなります。細胞質はまた細胞核と種々な細胞小器官からできています。特定の構造と機能を持つ細胞が集まって組織を形成し、数種の組織から器官を作ります。細胞と細胞とのつながりはいろいろありますが、ギャップ結合(ネクサス)は最も重要な結合です。
ギャップ結合の場合、隣り合う細胞の膜と膜の間は約2〜3㎚の狭い細胞間腔(細隙gap)があります。細胞の膜内に特殊なタンパク質粒子が見られ、この粒子は6つの円柱状のサブユニットが並んで六角整列構造を形成しています。この特殊な構造はコネクソンと呼ばれます。各サブユニットはコネキシンという単一のたんぱく質であり、6つのコネキシンが囲んで中心小孔が作られます。細胞に多数のコネクソンが規則正しく並んで、相接細胞のコネクソンと結合してコネクソンチャネルを形成する。コネクソンチャネルは、水、イオン、水溶性分子を通過させます。また、このチャネルは常に開いている状態ではなく、カルシウムイオン(Ca²⁺)や水素イオン(H⁺)の細胞内の濃度によって開閉します。このように二つの細胞間腔を横切っているコネクソンチャネルによって細胞と細胞は結合します。このようなギャップ結合は細胞間を接合させるだけでなく、最も重要な機能は細胞間の物質輸送と情報の伝達である。
ヒトの生体内に三つの情報伝達系を持っています-神経系、内分泌系、免疫系です。情報を伝達するためにメッセンジャーを必要としますが、その第一のメッセンジャーとして、神経系は神経伝達物質、内分泌系はホルモン、免疫系はサイトカインが挙げられます。ただ、第一のメッセンジャーだけでは目標達成できなく、第二のメッセンジャーの助けが必要となります。第二のメッセンジャーとして活躍しているのは、アデノシン環状リン酸(cAMP)、カルシウムイオン(Ca²⁺)、イノシトール1,4,5,-トリスリン酸(IP₃)、ジアシルグリセロールなどです。第二のメッセンジャーはコネクソンチャネルを通過できるので、直接かつ迅速に指令や情報を細胞の間で伝達できます。
例えば、私たちが激しい運動をするときに心臓がドキドキします。それは全身の筋肉が酸素と栄養素をいっぱい必要となりますので、その需要に応じてポンプである心臓の筋肉が一生懸命に収縮して、より速く多く血液を運動に働く筋肉に送らせるためです。運動しようと思う途端に、交感神経が興奮し始めます。交感神経の末梢からノルアドレナリン(第一メッセンジャー)という神経伝達物質を放出し心筋細胞膜にある受容体に結合して、cAMP(第二のメッセンジャー)の濃度を上昇させる。cAMPはタンパクキナーゼ*8を活性化してCaチャネルの開く時間を長くして、Ca²⁺(第二のメッセンジャー)の細胞内に流入する量を増やしてCa電流が増大します。その結果は心臓の収縮は強くなり、心拍数は増えます。同時に、Ca²⁺はコネクソンチャネルに流入し電気信号を速やかに全心臓細胞に広げて、心筋細胞は同期をとり収縮できるようになるため、心筋細胞のギャップ結合は情報の伝達に重要な役割を果たしています。
ギャップ結合は心筋細胞だけでなく、腸管平滑筋細胞、肝細胞、神経細胞、上皮細胞などに広く分布しています。
ラットの皮膚を免疫蛍光二重染色法と共焦点レーザー顕微鏡で観察した結果、足の太陽膀胱経あたりの表皮組織中の棘細胞層にあるコネクソンを構成するコネキシン(Cx43)が最も多いと発見しました。その次に顆粒層、基底細胞層にも割合多く、周囲の皮膚は経絡の皮膚と比べると、コネキシンの発見は少ないです。また、経絡の真皮層にCx43の発見は主に線維芽細胞に存在し、非経絡の真皮層にはCx43の存在は少ないです。そして、経絡の皮下組織に肥満細胞が密集し、細胞膜にCx43が発達していると観察しました。またラットの足の三里というツボの棘細胞層、基底細胞層の細胞膜にCx43が非常に発達しています。面白いのは鍼を三里に刺鍼すると、Cx43とコネクソン構造が増えてくると観察されました。
神経細胞間の電気信号の伝達(興奮伝達)はシナプス伝達によって行われています。神経伝達物質によるものは化学的シナプスといい、一方向しか伝達できません。ギャップ結合によるものは電気的シナプスで、両方向の伝導ができきます。電気的シナプスをする二つの神経細胞の間に直接電流が流れますので、信号の伝達は最も速いです。ギャップ結合の両方向伝導は、ツボに鍼をして起こすひびき(鍼感)が経絡を沿って(循経感伝)上下両方向に伝わることと一致しているため、経絡のギャップ結合関連学説に一つの裏づけとして考えられています。
細胞のギャップ結合の特色は、
・皮膚、結合組織、神経、内臓などに広く存在する
・ギャップ結合の電気抵抗が低く、第二メッセンジャーのcAMPとCa²⁺が自由に通過でき、cAMPがCa²⁺の細胞内への流入を促進し、Ca²⁺が二つの細胞のコネクソンの形成を助ける
・ギャップ結合の両方向伝導
などがあります。これらの特色は経絡の特色や機能と一致するところが多いですので、鍼灸刺激による経絡に沿う伝導現象、経絡の生理反応と治療効果は細胞間のギャップ結合のおかげではないかと、主張する専門家は少なくありません。
中医学では経絡の本質が気・血・水(津液)の流れる経路だと言われていますが、現代医学の理論で一語にて定義を下すのは実に難しいです。今まで各種の仮説はありましたが、その本質についてまだつかめていないのは実態です。しかし、いずれ「仮説」は「定説」となり、現代医学分野の新しい発見も常にありますし、現代医学の基礎理論をもって経絡の本質を明かす日は来ることでしょう。
*8タンパクキナーゼ(protein kinase プロテインキナーゼ):ATPのリン酸基を蛋白質の特定なアミノ酸水酸基に付加する(蛋白質リン酸化反応)一群の酵素の総称です。蛋白質の特定部位のリン酸化反応により、細胞内の情報伝達、細胞の代謝・再生・形態の変化などの生命活動を行う。
食欲のない朝でも、お味噌汁と塩おにぎりなら食べられます。なるべくタンパク質を朝から取るべく、お味噌汁に玉子を入れ、焼き鮭を一口。そして、作り置きの五目豆も。大根とにんじんの一夜漬けも食欲と関係なく食べられるサッパリ系です^-^。
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