どうして鍼灸は効くの(17)?
こんにちは。渋谷区幡ヶ谷の胡鍼灸治療院です。
今日からはしばらく鍼灸医学でよく言う「ツボ」と「経絡」についてお話をさせてください。
一、ツボ
鍼治療は、専用の鍼を使ってツボに刺鍼し、適切な機械刺激を人体に加え種々な生理反射を起し、病気の治療と予防を目的とします。今どき、「ツボ」という言葉を聞いたことのない方はもういないと思いますが、ツボって一体どういうものでしょうか。
1、ツボはどこにあるか
「ツボ」という言葉は日本での呼び方で、正式名称は「経穴」です。英語にすると「acupuncture point」となりますが、鍼灸発祥の地である中国では「腧穴」(しゅけつ)という言葉は使っています。「腧」は「輸」で、運ぶ、輸入、流注などの意味があります。「穴」の本来の意味は孔、土室、洞窟などですが、ここでは隙間、くぼみ、凹みなどを指します。中国の最も古く権威的な漢方医学の専門書である『黄帝内経』には「経脈十二者、伏行分肉之間、深而不見」と書いてあります。つまり、十二の経絡(後文で説明します)は分肉と分肉の間に潜伏し、深くて見えないという意味です。従って、ツボはほとんど筋肉と筋肉、腱や靭帯の間の凹んでいるところにあります。また、ツボは皮膚の表面にあるわけではなく、皮膚から奥に向かって、ツボによってそれぞれの深さがあります。
腧穴には、
①経穴(正穴):十四経脈上にあり、部位は定まっている。
②奇穴:十四経脈に入っていなく、独自の名称、部位、主治症が定まっています。
③阿是穴:名称も部位も決まっていなく、病態と直接関わって出来た圧痛点・反応点で、そのままに治療ツボとする。
の3種類があります。ツボはWHOにより361個に定められていますが、奇穴と阿是穴を入れたら1,000以上もあります。
2、ツボのところに何があるか
(1)感覚受容器(sensory receptor)*1
ツボあたりを手で押すと大抵何かを感じます。痛い、重い、しびれ、あるいは気持ちが良い、「そこ、そこ、そこだ!」という感覚をします。つまり、ツボは感覚が鋭敏なところです。
ヒトが痛み、熱さ、冷たさ、かゆみ、圧迫感、体の位置感覚、また視覚、聴覚、味覚、臭覚などの感覚があるのは、これらの情報や刺激を受け入れる受容器があるからです。各種の刺激は受容されてから神経インパルス(電気信号)に変換され、求心性神経線維(感覚神経)を介して大脳皮質に送られます。大脳皮質は各種の刺激を様々な感覚として受容した後、遠心性神経線維(運動神経)の伝達により一連の生理反射が起こされ、生体の生理活動を調節します。
鍼をツボに刺すと、まず皮膚を通過しなければなりません。皮膚は表面の表皮と奥の真皮からなっています。表皮と真皮には種々の刺激を受ける受容器があり、機械的受容器、温熱受容器、痛覚受容器(侵害受容器ともいう)、かゆみ受容器などと分かれています。
表皮の無毛部胚芽層に触覚細胞のメルケル細胞とそれに接する神経終末があり、共にメルケル触盤を構成しています。有毛部ではメルケル細胞が毛根近くの真皮乳頭に集合してピンカス小体という触覚盤を形成しています。両方とも皮膚に対する触・圧などの機械的刺激の受容器として機能します。
真皮と皮下組織には受容器はさらに豊富です。中には、振動に対して敏感なマイスネル小体、触・圧刺激による皮膚の変形を受容するルフィニ神経終末、感度がよく、皮膚にわずかな接触でもすぐに興奮するパチニ小体などがある。そして、痛みを感じる痛覚受容器(自由神経終末)と熱さを感じる温度受容器(自由神経終末)がある。
それ以外に、ファーテル・パチニ層板小体、ゴルジ・マツォニ球状小体、クラウゼ小体、ルフィニ紡錘などの受容器も存在します。
ツボのある皮膚と皮下組織は以上のような受容器は集中していると近年の研究で分かっていました。オーストリアの組織学者のV.G.Keller氏は12,000枚の人体皮膚組織の連続スライス切片を観察した結果、ツボ域の自由神経終末は非ツボ域よりも豊富で、メルケル触覚細胞、マイスネル小体、パチニ小体などの受容器は明らかに集中していると示されています。そのため、ツボに鍼とお灸の刺激を加えると、数多くの受容器が興奮し、より「響き」やすくなります。この響きを鍼灸学では「得気」(気を得た)と言います。この響きにより、様々な生理反応を引き起こし、多彩な症状・病気を治療・改善する効果をもたらします。
ツボはほとんど筋肉と筋肉の間、凹んでいるところにありますが、筋肉の発達する手足にも集中しています。盛り上がっている筋腹には筋紡錘、筋と腱の結合部には腱器官という固有受容器があります。この種の固有受容器の近くに臨床でよく使われているツボはたくさん存在しています。固有受容器が鍼とお灸の刺激を受けると筋の収縮と弛緩を調節し、臨床では筋緊張によるコリ症や筋痛、神経障害による筋麻痺などの治療に応用しています
(2)神経
中国上海第一医科大学の死体解剖によるツボ研究は、324のツボの中に、323のツボ(99.6%)は末梢神経と関わっているそうです。中に浅層皮神経と関わっているのは304穴(93.8%)、深部神経と関係があるのは155穴(47.8%)、両方に関わっているのは137穴(42.3%)です。中国徐州医学院の研究では、361穴の中に205穴(56.8%)は大神経幹の近くにあるそうです。上海中医薬大学の研究でも、ツボの真下に神経幹があるのは152穴(49.19%)、神経幹のすぐそば(0.5㎝内)に157穴(50.81%)が存在します。つまり、多数のツボは末梢神経の神経幹の近くにあるということです。また、ツボのある表皮、真皮とツボ周辺の皮下組織、筋や血管壁には豊富な自由神経終末とその神経束、神経叢が密集しているのが発見され、ツボ以外の組織にはこのように神経が集中することは見られないと言われています。
鍼灸の末梢神経の神経幹と自由神経終末に対する刺激で、様々な神経反射、生理活性物質の調節が行われ、損傷が起きた末梢神経の修復、自律神経バランスの調整などに対する有効性が証明されています。自律神経の交感神経線維は遠心性末梢神経と共に皮膚へ行き、皮膚でその末梢神経に対応する皮節の血管、汗腺、立毛筋を支配しています。鍼灸の刺激を皮膚に加えると、血管、汗腺、立毛筋などにまつわる交感神経も刺激を受けて、さまざまな生理反射を起こすという治療目的を達成できます。
(3)血管とリンパ組織
上海中医薬大学の研究グループが309のツボについて観察した結果、286穴(91.62%)のすぐ近くに太い動脈や静脈が流れています。また、多数のツボは豊富な毛細血管組織に囲まれているのも判明しました。
ハルビン医科大学の研究グループは、一本のリンパ管のすぐ上に数個のツボが並んでいると発表しています。また、一個のツボを数本のリンパ管が通っている場合もあります。同じ上海中医薬大学の研究では、リンパ節が集まっている太ももの付け根(鼠径部)、膝窩、腋窩、鎖骨上窩、首などに、臨床でよく使うツボが集中しています。例えば、臨床で最もよく使う「三陰交」というツボ(足首の内側にある)は3本のリンパ管の交叉点であることが分かりました。鍼灸のツボに対する刺激で、血行がよくなったり、リンパ液の流れを改善したりする効果が得られるのも、これで容易に理解できます。
(4)結合組織
ツボの多くは盛り上がっている筋肉の上に存在しますが、筋と筋の間の凹んでいるところに最も集中しています。筋と筋の間の組織は結合組織です。結合組織の構成要素は、
①ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸などの無定形質
②膠原線維、細網線維、弾性線維などの結合組織線維
③線維芽細胞、脂肪細胞、大食細胞(マクロファージ)、肥満細胞(マスト細胞)、形質細胞(Bリンパ球から分化した細胞、液性免疫に関わる)、リンパ球・好中球・好酸球・単球などの免疫細胞、などです。
線維芽細胞は結合組織の中で最も広く分布する固有細胞で、細胞質内の細胞小器官*2としての粗面小胞体とゴルジ装置が発達しています。粗面小胞体はタンパク質の合成と貯蔵に関係し、ゴルジ装置は粗面小胞体から送られてくるタンパク質を加工して必要な分泌物を再生したり、食細胞*3の外来性の異物(ウイルス、細菌など)を分解する水解小体(リソソーム)を作ったり、細胞膜を補修したりする働きをします。
鍼灸の刺激で線維芽細胞の再生が促進され、機能が活性化できるため、炎症組織の修復・創傷の治癒に役立ちます。
線維が細胞以外に、結合組織に数多く存在しているのは大食細胞、形質細胞、肥満細胞(マスト細胞)、リンパ球、好中球、好酸球、単球などの免疫細胞です。これらの細胞は自然免疫・獲得免疫の中心的な役割を担い、生体を外敵から守る重要な役目を果たしています。昔から鍼灸は抵抗力(免疫力)を高めることは広く知られていますが、近年各国で、鍼灸の免疫系に対する影響についての研究はハイスピードで進んでおり、鍼灸の免疫調節に関する分子レベル、更に遺伝子レベルで解明しつつあります。
(5)トリガーポイント
古くからツボの位置の皮膚変化が内臓、筋肉、関節などの病気を反映しているが知られています。体表にあるツボの部位にシコリ、腫れ、脂肪腫、湿疹、変色、シミ、圧痛、知覚敏感、異常発汗、熱・冷感の過敏などの症状があると、そのツボと関連する内臓、運動器官などは病理的変化が生じていると判断できる場合があります。現在においても、一部の病院では患者さんの体をほとんど見ないで検査機器から出たデータのみに頼る結果、誤診や病気の発見が遅れることがしばしば起きている現状は否めませんが、鍼灸臨床で常に勉強し且つ経験豊富な鍼灸師の視診と触診によっては重大な疾患を発見することは度々あります。
西洋医学の臨床では「トリガーポイント」(trigger point TP)という概念があります。最初(1843年)にFroriep氏が筋肉に索状物のような過敏点が存在すると報告し、1983年にTravell氏とSimons氏がトリガーポイントという概念を提唱しました。TPの多くは直接的な筋肉の損傷や慢性的な筋肉の過労によって生じ、主として骨格筋またはその筋膜の緊張帯の中などに存在します。TPの特色としては、触診するとロープ状の硬い結節(索状硬結)があり、そこを押さえると痛みを感じます。またその部位を刺激すると関連痛が現れます。そして刺激により立毛、発汗などの自律神経反射が出現することもあります。索状硬結が生じる原因は、ただの筋収縮ではなく、筋損傷などによって筋小胞体から大量なカルシウムイオンが放出されて筋線維が強い拘縮を起こすと考えられます。筋拘縮が長期間続けると局部の血流が悪くなって虚血が起こり、痛みが慢性化したり、痛みに対して敏感になったりします。
トリガーポイントという概念を活用して臨床でよく治療するのは筋・筋膜性疼痛症候群、線維筋痛症およびに他の疾患による二次的筋緊張症などです。ペインクリニックで痛みを緩和するためにトリガーポイント注射を行います。使用されている薬液は局所麻酔薬で、必要に応じて副腎皮質ホルモン(ステロイド剤)を混ぜて用いることもあります。
もう一つの治療法はSSP(silver spike point)療法です。つまり体表面に存在する経穴やトリガーポイント、圧痛点、モーターポイント、神経の走行に沿った部位などに専用の電極を貼付して、非侵襲的に低周波通電を行う治療法である。疼痛やストレスの緩和ができるので、リハビリテーションの分野にも応用されている。
近年、鍼灸の分野でもトリガーポイントという概念を引用して、鍼・灸・電気鍼などの治療が施されています。また、トリガーポイントはそもそも古くからある鍼灸の「阿是穴」に該当する概念ではないかという意見もあります。国内外の研究により、圧痛、硬結、関連域での血管収縮、温度低下、発汗異常などの症状は交感神経の緊張による症状であり、出現する部位つまりトリガーポイントはツボの近くにあると分かり、Melzack氏らは「両者の間に3㎝の誤差範囲で71%の対応を認める」と言及しています。
*1 受容器:ここで紹介するのは鍼灸刺激と関連性のある皮膚、皮下組織、粘膜、筋、腱などに存在する体性感覚受容器です。内臓には受容器が少ないですが、痛覚の自由神経終末や圧力を受容する伸展受容器があります。ほかに視覚、聴覚、味覚、臭覚などの感覚器官にそれぞれ特殊な受容器が存在します。
*2 細胞小器官:人体細胞の基本的な構造は細胞膜に包まれる細胞質と細胞核です。細胞質は均質かつ無構造な媒質(硝子形質)であり、中に有形形質といわれる細胞小器官があります。細胞小器官は一定の形態をもち、それぞれ膜に包まれて外界と隔てられ、さまざまな機能を営み、細胞の生命活動を維持します。リボソーム(粗面小胞体)以外に、ミトコンドリア(細胞呼吸の中心で、エネルギーを産生する場)、ゴルジ装置(分泌物の生成、物質代謝のセンター)、滑面小胞体(脂質、糖質の代謝、解毒作用、イオンの移動)、水解小体(水解酵素を持ち、細胞内の不要物質や外界から侵入された異物を分解処理する)などがあります。
*3 食細胞:貪食能力をもつ免疫細胞の総称で、マクロファージ、好中球、樹状細胞などがあります。樹状細胞はマクロファージから進化した細胞で、免疫提示細胞として活躍しますが、貪食機能もあります。樹状細胞は存在する場所により呼び名を変えています。皮膚では表皮ランゲルハンス細胞、真皮では真皮樹状細胞、非リンパ系組織では間質細胞、リンパ系ではベール細胞などと呼ばれます。食細胞は、生体に侵入した微生物(細菌・ウイルス)、死んだ細胞、異物などに対して、偽足を伸ばしてこれらのものを飲み込みます。飲み込まれたものが食細胞膜で作ったファゴソームの中に閉じこまれた後、ファゴソーム膜とリソソーム顆粒(水解小体)の膜と融合してファゴリソソームが形成され、最終的にはリソソーム酵素により分解・処分されます。
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