どうして鍼灸は効くの?(100)-虚血性心疾患・脳疾患について
前回までは鍼灸治療による、不整脈の改善作用及び心筋細胞間情報伝達機構の保護作用について見てきましたが、今回は心筋細胞を壊死から守る作用をみます。
③鍼灸の心筋細胞壊死に対する抵抗作用
心筋細胞は急性虚血が起こると細胞の壊死(アポトーシス)が起こります。その原因は以下の通りです。
・正常な心筋細胞質にある遊離カルシウムは、細胞外、細胞内小器官であるミトコンドリアや小胞体内にあるカルシウム濃度と比べると1万分の1という極めて低い濃度で維持しています。しかし虚血により、細胞内小器官のカルシウムイオンが細胞質に放出され、また細胞外のカルシウムイオンが細胞膜を介して細胞質に流入することにより、細胞質内のカルシウムイオン濃度が急激に上昇し、その結果、各種の酵素を活性化することにより、細胞膜を損傷・分解し、DNAを断片化し、ATPを分解・枯渴させ、細胞は死に至るのです。
・心筋細胞死を引き起こすもっとも根本的な原因はカスパーゼ(システインプロテアーゼであり、たんぱく質を切断する酵素である)という酵素の活性化です。活性化されたカスパーゼはDNA分解酵素、核たんぱく質分解酵素、細胞骨格分解酵素などを活性化して、細胞のアポトーシスを引き起こします。
アポトーシス経路はいくつかがある*24と見られていますが、どの経路もカスパーゼファミリーの活性化によるものです。ここでミトコンドリアを介したアポトーシス経路(内因性経路)を説明します。
心筋細胞において急性虚血が発生すると、細胞小器官であるミトコンドリア内に存在するチトクロムc*25は細胞質へ流出し、細胞質に存在するカスパーゼを活性化して細胞死を導くものです。ただし、チトクロムcが簡単に細胞質に流れ出るわけではなく、その流出はミトコンドリア膜の透過性に左右されます。膜にVDACというたんぱく質からできた小孔があり、小孔の開閉によりチトクロムcの流出を制御されます。また、小孔の開閉をコントロールするのはたんぱく質のBcl-2ファミリー(おもにBcl-2とBcl-xLの2種類)およびBaxとBakの2種類のたんぱく質です。
Bcl-2ファミリーはVDAC小孔を閉じる働きがあり(アポトーシス阻害因子)、反対にBax・Bakは小孔を開く作用を持っています(アポトーシス促進因子)。Bcl-2・Bcl-xLとBax・Bakとは拮抗的な働きをするので、小孔の開閉やチトクロムcの流出状態は2種の因子のバランスにより決められます。つまり、バランスの変化で細胞の生死が決まります。そうすると、心筋細胞質内のBcl-2・Bcl-xLを増やせば、細胞死を防げ、急性心筋梗塞による突然死を免れる可能性が大きくなります。
中国山東中医薬大学付属病院鍼灸科は急性心筋梗塞モデルラットを作成し、鍼治療の心筋細胞アポトーシスに対する影響を考察しました。実験として、1日1回、7日間鍼治療を受けたモデルラット(治療組)と治療を受けていないモデルラット(モデル組)の心筋細胞アポトーシスの実態、心筋組織におけるBcl-2・Bcl-xLとBax・Bakの発現レベルを比べました。
○心筋細胞アポトーシス実態とアポトーシス指数の比較
治療組のアポトーシスに陥る心筋細胞数はモデル組よりはるかに少ない。アポトーシス指数(AIx-±s,%)に関しては、治療組(7.95±1.67)はモデル組(18.54±1.89)より有意に低下したことがわかりました。
○心筋組織におけるBcl-2とBaxの発現レベル(x-±s,%)の比較
Bcl-2(アポトーシス阻害因子)に関しては、治療組は16.11±1.08ですが、比べてモデル組は8.17±1.01となり、かなり低いです。
Bax(アポトーシス促進因子)に関しては、治療組は6.37±1.23ですが、モデル組は23.35±3.16であり、治療組より発現レベルはるかに高い。
以上の実験結果から、鍼灸治療は急性心筋梗塞の細胞死を減少し、心筋細胞を保護する効果があると見ています。心筋細胞のアポトーシスを少しでも避けられるなら、結果的に、心臓機能がより回復しやすくなります。
*24 アポトーシス経路:現在、分子レベルで分かった細胞アポトーシス経路は、①ミトコンドリアを介する経路(内因性経路)、②細胞膜受容体(デスレセプター)を介する経路(外因性経路)、③小胞体を介する経路、④エフェクター細胞(細胞障害性T細胞など)の活性化を介する経路、などがあります。
*25 チトクロムc:チトクロムファミリーの一つ、ミトコンドリア内膜に存在するヘムたんぱく質の1種です。酸化還元能をもち、ミトコンドリア電子伝達系(呼吸鎖)における構成要素の一つです。



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