どうして鍼灸は効くの(62)?
鍼灸のストレス応答経路に与える影響
1、鍼・灸というストレス
鍼という機械的、お灸という温熱的刺激を皮膚・皮下組織・筋などの組織に存在する感覚神経末端の受容器が受け入れ、電気信号(インパルス)として大脳皮質・大脳辺縁系に伝わります。鍼・灸の刺激は人体にとって一種の傷害刺激で、ストレスとして感じ取ります。刺激の質、強さ、刺激される場所(ツボ)・時間の長さによって、大脳辺縁系はそれぞれ違う信号を出して、違う神経ペプチドを放出します。視床下部はこの信号を受けてまた違う形で神経系、内分泌系、免疫系に指令を出します。
鍼灸の刺激は間違いなく生体にとって一種のストレスとなりますが、この治療を目的とする人為的なストレスにより、自律神経-内分泌-免疫系は刺激&調節され、体は自ら崩れたバランスから正常な状態に引き戻し、体内環境の恒常性を保ちます。
このように体の健康にとって、いいほうに働くストレスもあります。ストレスという言葉はほとんどの場合、悪いイメージを持ってしまいますが、人間から完全にストレスを取り去れば、恐らくたちまち深刻な病気にかかってしまいます。ここでまた東洋&鍼灸医学でいう陰陽、虚実のバランスの話に戻りますが、ストレスも多すぎず、少なすぎずという程良いバランスに保ったほうが一番健康に良いのです。
2、鍼灸刺激による自律神経バランスの調節
治療目的により、交感神経または副交感神経を優位に立たせることができます。例えば日頃、副交感神経優位のアトピー性皮膚炎、花粉症、喘息、アレルギー性鼻炎などのアレルギー性疾患に対しては、交感神経を緊張させる鍼治療をすれば、症状は直ちに緩和されるか完治します。逆に交感神経が長期間、緊張状態にされた場合は、副交感神経を優位にさせる治療をすれば、免疫力を高め、感染症・悪性腫瘍の予防と治療ができ、顆粒球増多による慢性炎症(老化の加速、動脈硬化、高血圧、高脂血症、慢性肝炎など)、関節リウマチ・シェーグレン症候群・強皮症などの自己免疫疾患の予防と治療もできます。つまり、最終的には免疫系の病気治療につながります。
従来、東洋医学は病気を診断する時、まず陽証と陰証に大別します。鍼灸治療するとき、陽が優勢だと瀉法(多い分の陽をくだす)を、陰が優勢だと補法(足りない分の陽を補う)を選び分け、陰陽のバランスを調節します。陰陽説を自律神経に当てはまると、交感神経を陽、副交感神経を陰に、免疫系で見ると、顆粒球を陽に、リンパ球を陰に例えてもいいでしょう。
鍼治療の場合、最も重要視されているのは鍼の手法(技法)です。手法というのは刺鍼するときの手の技です。手法はいろいろありますが、刺激の強弱と刺激立体面の広さを調節することで補瀉目的を達成させます。自律神経の調整で言えば、手法は交感神経を興奮させるか、副交感神経を興奮させるかを決める治療の技の一つです。
お灸治療の場合、灸の熱さ、熱く感じる時間の長さ、施灸面積などで自律神経のバランスを調節します。心地よい温和的な熱さは副交感神経を優位にさせ、熱さが強く痛みを感じるお灸は交感神経を優位にさせる効果があると考えられます。
一方、自律神経と内分泌系の総司令部は脳の視床下部という同じ部位にあるように、自律神経系のバランス調節により、内分泌系疾患の予防と治療もできます。内分泌器官(内分泌腺)がすべて自律神経の支配を受けていて、自律神経の働きが乱れると内分泌器官の働きも異常となり、様々な病気を引き起こします。
例えば交感神経が長期間にわたり緊張状態が続くと、糖尿病になりやすいのはその一例です。そのため、糖尿病或いは糖尿病予備軍と病院で言われても、薬漬けになる前に、まず睡眠時間&睡眠の質をよくしていき、そして精神的ストレスを緩和する行動を取るだけで、不思議に血糖値が下がっていき、治療薬を回避できることがよくあります。これも崩れた自律神経のバランスを取り戻し、特に副交感神経の機能を回復したからです。鍼灸治療が血糖値のコントロールに役立つのも同様な理屈で説明がつきます。うちの治療院でも臨床上よく経験することです。糖尿病或いはその予備軍の患者様を治療する時に、代謝、膵臓、肝臓、腸の機能を高めると同時に、自律神経の調節、ストレスの軽減を図る治療も必ず行います。このほうが治療効果が高まるからです。
また免疫系と内分泌系の間も互いに影響し合っています。免疫細胞にホルモンの受容体があるように、免疫系の作用を高めるホルモンもあれば、逆に抑制するホルモンもあります。当然免疫系がホルモン系にも影響しています。例えば、生理・妊娠・出産の生殖系は性ホルモンの影響を受けていますが、性ホルモン系もまた免疫系の影響を受けています。
このように自律神経・内分泌・免疫系の三者が絡み合った疾患は鍼灸治療により、改善率と治癒率は高くなります。これこそが根本的な治療法です。既に気づかれたと思いますが、自律神経も内分泌も免疫も全身の隅々までに関わるシステムです。ほとんどの病気は病巣一か所に留まらず全身に影響を及ぼすように、治療する時も全身でなく、病巣のある部位だけにこだわっても、良い治療は望めません。例えば、胃潰瘍の患者さんのおなかだけに鍼灸するとか、頚椎症の患者さんの首だけに鍼するとか、糖尿病の患者さんの膵臓ツボだけに鍼するなどは、そもそもナンセンスで、東洋医学に則った治療とは言えません。
余談ですが、最近ワクチンを受けた後、生理の乱れを訴える患者さんがいらっしゃいます。個人差があるものの、両者にまったく関係ないとは言い切れないのではないかと思います。特にたまたま接種を受けた前後に、精神的ストレスや過労を経験していて、或いは元々生理不順の傾向がある方にとってはあり得る話です。免疫系に良い作用を与える目的で受けるワクチン接種が人によっては、生理絡みのトラブル(周期の異常、不正出血、生理痛など)が一時的に起こることがあります。今年アメリカ国立衛生研究所(NIH)が研究費を投入し、この件の調査に入ったとも聞きました。もしこういった反応が起こっても、一時的なことがほとんどですので、慌てず少し様子を見ましょう。この間、過度な心配をせず、穏やかな気持ちを保ち、良い栄養、睡眠、適度な運動を心がけましょう。また、良い血液循環(血流)を保つため、体を温めましょう。ご自分でできることは例えば、首、手首、足首を冷やさないよう温かい服装にし、体を温める作用の食べ物、飲み物にしましょう。場合によっては、腹巻、ミニホカロンなども活用しましょう。
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