どうして鍼灸は効くの(26)?
数千年前から鍼をもって痛みの治療をしてきました。鍼の鎮痛効果は即効性と確実性があり、その理論的な説明は中医学の臓腑論や陰陽学説で説いています。そして近年になって、現代医学の検査技術の進歩と最先端医療機器の開発で、鍼灸についての研究は猛スピードで進んでいます。鍼の鎮痛効果に関して、現代医学の基礎理論や研究手段によっても解明されつつあります。
3、鎮痛に鍼灸はどんな役割を演じているのか
(1)内因性モルヒネ様物質鎮痛系の賦活作用
鍼治療は西洋医学の注射でも手術でもありません。あくまでも非常に細い鍼を人体表面に軽く刺入することにより内因性疼痛抑制系(前回のブログをご参照ください)を賦活させます。
人為的に疼痛を起こしたモデルラットに足三里穴と合谷穴に電気鍼をすると、直ちに視床下部の1β-エンドルフィンが増加し始め、30分を経ったところでピークになり、鎮痛効果が現れてきました。鍼刺激を中止しても鎮痛効果がかなり長く持続していました。そしてモルヒネの拮抗薬であるナロキソンの投用で鍼鎮痛効果が発見しなくなります。つまり、鍼という刺激により内因性モルヒネ様物質は脳神経細胞から多量に分泌され、鎮痛効果が得られるわけです。
臨床で痛みという主訴でいらっしゃる患者さんに対しては、まず痛みの原因疾患を診断し、疼痛の性質、患者さんの体質と全般的な体調などを考慮しながら鍼治療をします。刺鍼してしばらく鍼をそのまま置いておきます(置鍼)。目的は、置鍼している間に患者さんの病状に応じて適切な手技を施すためです。手技によって内因性モルヒネ様物質の分泌量を調節するため、より良い鎮痛効果が得られます。ヒトの場合は鎮痛効果の持続時間がもっと長く、数時間から数日までにも続くことがあります。一回の治療だけで痛みを完全に解消した実例も少なくありません。
(2)下行性痛覚抑制系の活性化作用
中国で機能性磁気共鳴断層撮影法(fMRT)と単光子放射型コンピュータ断層撮影法(SPECT)、ポジトロンエミッション断層撮影法(PET)や誘発電位器などを利用して鍼の鎮痛作用を研究しました。健康者を対象にし、通常鎮痛によく使う合谷穴、陽陵泉穴、足の三里穴に刺鍼して刺激を与える結果、下行性痛覚抑制系の中脳中心灰白質(PAG)、視床下部弓状核、視床下部腹内側核、赤核、青斑核、延髄傍巨大細胞網様核、延髄大縫線核など広範囲に電気信号の変化が起こりました。受験者が強い痛みを感じるとき、下行性痛覚抑制系の電気信号の活動が頻繁で活発でしたが、鍼刺激をしてひびき(得気)を感じるとき、電気信号の活動レベルが明らかに低下しました。例えば、合谷穴に鍼刺激をすると大脳皮質の広範囲の興奮を引き起こし、痛覚による誘発電位が確実に抑制されることがわかりました。ツボでない所に鍼刺激しても同様な反応は得られません。このテストで鍼治療により下行性疼痛抑制系が賦活されることが証明されました。
適切な鍼刺激で下行性痛覚抑制系を活性化するため、鍼刺入の深さ、刺激強度、手技の施し方を案じながら治療します。激しい痛み発作の最中で、たとえば群発性頭痛の場合、この治療法を使うとほとんど速やかに頭痛は止まります。個人差がありますが、効果のない病例はまだ一度も経験したことはありません。
(3)ゲートコントロール説の裏づけ
ゲートコントロート説で鍼鎮痛を説明できますが、逆に鍼の鎮痛効果はこの仮説の裏づけにもなります。太い神経線維からの入力は細い神経線維からの痛みという電気信号の伝入を阻むことで、鎮痛効果が現われますが、太い神経線維には触・圧覚を伝えるAβ線維とAδ線維があります。Aδ線維は触・圧感覚以外に、鍼に刺された感覚、ピンセットで強く挟むような機械的刺激にも応じます。もし、Aδ線維を興奮させることができると、もっと細いC線維からの疼痛信号はすべて遮断され鎮痛効果が得られます。そのため、鍼治療の際、いかにAδ受容器を興奮させるのかは治療の要です。アメリカの生理学者エドワード・パールが、サルの皮膚におけるAδ線維には、1~8㎝²の領域に3~20個の点状受容野が散在すると報告しましたが、この分布は人間も同じではないかと考えられています。この点状受容野は痛点ともいい、点状受容野の直下のAδ線維は髄鞘がなくなって、先が枝分かれて表皮に進入し侵害受容器になります。
昔から、鍼治療の専門医は何よりも鍼に施す手技を重要視しています。手技は「手のわざ・技巧」です。手技が上手だと治療効果がてきめんで、手技がうまくできないと治療効果は弱くなります。刺鍼するときも抜くときも手技が必要です。置鍼している間に施す手技はもっと大事で、それは直接鎮痛効果につながります。手技をこんなに重要視するのは、手技によってAδ線維の受容器を探し刺激するためではないかと思います。
痛みを抑える鍼治療をするとき、よく「阿是」(あぜ)穴をとります。つまり、病所を触って患者さんが「あ、ここ、ここが痛い」と教えてくれるところがツボ(「是」は「これだ」という意味)です。この痛いところに刺鍼したりお灸をすえたりすることで、一回の治療で痛みがなくなるケースも少なくありません。
(4)広汎性侵害抑制調節(DNIC)理論の応用
阿是穴をとらなく、あまり関係のない所に刺鍼し鎮痛効果が得られるのは広汎性侵害抑制調節(DNIC)理論で説明できます。中医学の鍼灸治療には、昔から「上病下治、左病右治」という治療法則があります。顔や頭の病気は足に刺鍼し、下半身の病気は上半身や頭に刺鍼したりします。例えば激しい頭痛が起こると足のツボに鍼をし手技をすれば、数分間で痛みが治まります。痔核に炎症を起こし座れないくらいの痛みが出た時、頭のてっぺんにある百会というツボに直接灸をすれば、一気に痛みが止まります。つまり、痛い個所を触らず、一見全く関係のないところに刺鍼のは、鍼灸という無害の「侵害刺激」を身体に加えて、病的疼痛情報の伝達を抑制するためです。この治療法則によって数千年来の治療経験が積み重ねられ、発見できたツボは「奇穴」と呼ばれるものです。「奇」というのは奇異、奇妙、不思議という意味で、奇穴は病の箇所から離れているのですが、その病に対して特別に効くツボで、痛みだけではなく、様々な症状に不思議な治療効果をもたらしています。
もちろん、鍼の鎮痛作用は前文に述べたメカニズムによって説明できますが、実際には鎮痛効果が得られるのはもっと複雑で、総合的なものだと思います。例えば変形性膝関節症の場合、鎮痛より消炎作用のある鍼灸治療を先にしなければなりません。炎症が治まれば痛みも自然になくなります。激しい頭痛の場合、鎮痛と同時に安定作用のある(不安を取り除く)鍼をすべきです。糖尿病の合併症である末梢神経障害の痛みは、鎮痛鍼と同時に糖尿病自身(原因疾患)も治療しなければなりません(根本治療)。癌による疼痛は、痛みを抑制しながら、免疫力向上、精神安定、自律神経の調和、新陳代謝の改善など総合的な治療をすれば、よりよい鎮痛効果が得られ、病気の予後と生活の質の向上に貢献できます。
痛みは症状であり、痛みを起こす原因疾患は必ずどこかにあります。局所の痛みを解消しながら、原因疾患を同時にしっかり治療し、体調を全般的に整えて、本当の心身ともの健康状態に戻すことは鍼灸の一般的な治療法則です。いわゆる個人一人ひとりに対する「全人的な治療」です。
次回は疼痛に関与する物質への鍼灸による調節作用を述べます。
好きな湿原を散歩するのは癒しになります。
小さい時からトンボや蝶々が大好きで、遊びの仲間という感覚です。
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