どうして鍼灸は効くの(22)?
前回のブログで経絡の結合組織関連仮説を述べましたが、今回は別の仮説:「神経関連仮説」について見ましょう。
(2)神経関連仮説
手足のツボに刺鍼すると、たちまち胃腸の蠕動音が聞こえてくるのは臨床上で度々経験することです。胃腸が活発に動き始めるのは副交感神経の働きで、そういう意味で鍼灸は神経と離せない関係があります。60年前に既に経絡が神経だと言う学者がいました。その仮説は次の通りです。
① 皮膚分節と知覚過敏帯
脊髄動物のからだは頭部を除いて一定の数の分節(体節)に分けられます。同様人間の脊髄神経*6感覚線維は皮膚領域を帯状のように支配し、この感覚神経に支配される皮膚の領域は皮膚分節(デルマトーム)といいます。内臓に病気があると、皮膚のある一定の領域に知覚過敏(痛み、重み、だるみなど)が現れてきます(例えば、膵臓や肝胆の病気は背中に重痛く感じます)。この皮膚の知覚過敏帯説は、1875年ラング氏が提唱し、1888年ロス氏が続けて研究しましたが、1889年ヘッド氏がこれを検証して「ヘッド帯」説を確立しました。同じころマッケンジー氏が、深部にある筋・結合組織に病気があると体表に過敏になる領域があると発見しました。
ヘッドの皮膚知覚過敏帯の臨床応用は、皮膚の感覚神経と特定な内臓を支配する自律神経はほぼ同じ脊髄神経節に入るので、皮膚の感覚過敏帯が判明できればその内臓疾患がほぼ診断できるというものです。各内臓に関与する過敏帯の現れる皮膚分節は経絡の「膀胱経」の兪穴と重なっています。例えば、心臓:ヘッド帯は胸椎2〜8番;ツボは胸椎4〜5番、肺臓:ヘッド帯は胸椎2〜9番;ツボは3〜4番、胃:ヘッド帯は胸椎6〜12番;ツボは胸椎12番〜腰椎1番、肝臓:ヘッド帯は胸椎7〜10番;ツボは胸椎9〜10番、胆のう:ヘッド帯は胸椎7〜11番;ツボは胸椎10〜11番、腎臓:ヘッド帯は胸椎12番〜腰椎1番;ツボは腰椎2〜3番、などとなっています。三千年前から分かっていた内臓のツボは近代医学の解剖学的な知覚過敏帯とほとんど一致しています。
膀胱経の兪穴に鍼灸で刺激すると、その興奮は求心性の感覚神経を介し脊髄後角に伝わります。同じ高さの脊椎分節にある自律神経ニューロンも同時に興奮させられ、支配する内臓にインパルスを伝えて内臓反射が現れてくるので、内臓機能は調節されます。このときに内臓に現れる反射は、知覚性反射(痛みの緩和)、運動性反射(胃腸蠕動の亢進・抑制)、分泌性反射(増加・低下)、血管運動性反射(小動脈の拡張・収縮)などがあります。このような反射は体性―内臓反射とも言います。
② 関連痛
内臓に疾患があると体表にも痛みを感じる、これを関連痛といいます。例えば、胃の調子が悪いと背中に痛みを感じることがあり、狭心症発作時は痛みが左腕内側から小指まで走り、肝臓と胆のうの病気の時は右の脇が重苦しくなります。これは脊髄の皮膚受容器のニューロンプール(神経細胞群)と内臓痛覚受容器のニューロンプールは隣接して、間には両方から収束されるニューロンがある。このニューロンが内臓の痛みを中枢神経に伝えますが、中枢神経は体性領域の痛みを内臓痛よりずっと学習しているので、内臓の痛みを体性領域の痛みだと勘違い、体表に内臓の関連痛を生ずるわけです。
関連痛が起こった場所のツボを鍼灸で刺激するとてきめんに鎮痛効果があります。腹部内臓の胃・腸・肝臓・胆のう・すい臓・腎臓などの内臓疾患はほとんど背中に鈍痛か重みを感じる領域があります。その領域に内臓に対応するそれぞれのツボがあります。また胸部にある心臓・肺臓も背中と腕に対応するツボがあります。例えば、手の少陰心経の流れは腋窩から腕の内側を降りて手首の小指側・小指の爪までです。手首にある「神門」というツボは心臓の疾患に最もよく使うツボであり、動悸・不整脈・狭心症発作などが発生し、すぐ病院の手当を受けられないとき、応急施策としてこのツボを指圧するだけで治まることがあります。このように心臓疾患に効くのは、心経の経絡の流れは関連痛の投射範囲と全く一致するからです。
③ アドレナリン作動性交感神経伝達物質分布線
体の内部環境を常に一定(恒常的)な状態に維持し、外部環境の変化に応じてすべての組織・器官の働きを調節するのは自律神経の役目です。自律神経系には交感神経系と副交感神経系があります。副交感神経系の神経細胞(ニューロン)は脳幹と仙髄にあり(頭仙局在)、交感神経の神経細胞は胸髄と上部腰髄の側角に位置しています(胸腰局在)。神経細胞から神経線維を出して、神経節で神経細胞を交換してから効果器に到着します。神経節から出た節前線維と節後ニューロン間の伝達、節後ニューロンと効果器との間の神経伝達は全部シナプス伝導*7で行っています。シナプスには電気シナプスと化学シナプスがあります。自律神経のシナプス伝導は化学性で、節前線維と節後線維の間の伝達物質はアセチルコリン(ACh)であり、節後線維からは、副交感神経ではアセチルコリンが、交感神経ではノルアドレナリン(NAd)が放出されます。
十数年前に北京師範大学生命科学院が実験用ラットを使って経絡を探しました。ラットに鍼の鎮痛効果があったものの、鍼が刺したツボの上下の皮膚を切断すると鎮痛効果が消えてしまいます。これでラットの皮膚に鍼のインパルスを伝導する通路があるとわかりました。またラットに刺鍼すると皮膚にNAdが放出されます。NAdと結合する受容体はαとβがあり、真皮にα受容体遮断薬を注射すると鍼の鎮痛効果が消えることから、鍼刺激のインパルスの伝達はNAdと何らかの関係があり、鍼刺激のインパルス伝導路にはNAdが密集しているのではないかと示唆されます。
それで、ラットの腹腔に¹²⁵Iチロシンという放射性物質の入ったαアミノ酸を注射して放射線写真で皮膚を観察しました。その結果、ラットの皮膚に多数のアドレナリン作動性交感神経伝達物質分布線が現れ、左右対称かつ縦行的で連続な左右2本の線は頭部と四肢末端で環状につながっています。この分布線こそ鍼刺激の伝導線路で、つまり経絡ではないかと推測しました。
④ 末梢神経の走行と経絡の流れ
ヒトの神経は中枢神経と末梢神経に大別されます。中枢神経系は脳と脊髄で、末梢神経は脳と脊髄から出てきた神経線維で、手足の横紋筋へ行く体性運動性(遠心性)線維、皮膚の感覚を伝える体性感覚性(求心性)線維、内臓の平滑筋へ行く内臓性運動性線維、内臓知覚を伝える内臓性感覚性線維の4種類があります。脊髄から出た脊髄神経にはこの4種類の神経が全部含まれています。
頚部からの1〜4番の頚神経(頚神経叢)は後頭部・頚部・肩に、頚神経の5〜8番と胸神経の1番(腕神経叢)は腕から指先までに、12本の胸神経は体幹に、腰神経と仙骨神経(腰仙骨神経叢)は両下肢に分布しています。
手足にある神経の走行は度々経絡と重なっています。例えば、皆さんがよく知っている「足の三里」というツボは足の陽明胃経に属します。三里穴の神経支配は総腓骨神経の分枝である外側腓腹神経と深腓骨神経である。経絡の流れから、三里穴からの次の四つのツボの上巨虚・条口・下巨虚・豊隆穴は全く同じ神経の支配となっています。豊隆穴から経絡の終止穴の厲兌穴までの五つのツボは同じ総腓骨神経の分枝である浅腓骨神経・深腓骨神経の支配です。また、手の太陰肺経を例に言いますと、肺経は全部で11のツボがあり、無論全部腕神経叢の支配で、うち尺沢穴から孔最・列缺・経渠・太淵穴までの5ツボは同じく外側前腕皮神経と橈骨神経の支配です。
鍼灸治療の臨床は病気に対してまず考えるのはどのツボを取ることではなく、どの経絡を取ることです。実際には同じ患者さんであっても、鍼灸師によっては同じ経絡の違うツボをとることはよくあります。同じ経絡のツボは同じ神経の支配ですので、同様な効果が得られると考えても間違いではありません。もちろん、少数精鋭で特効穴、要穴がまず選ばれますが。
⑤ 反射弓
手にある合谷穴、肘にある曲池穴、足首にある太渓穴などのツボに刺鍼すると、意志と関係なく親指、腕、足の筋肉がぴくっと収縮して動くことがあります。これは中医学で「得気」といい、よい治療効果が収められると考えていますが、西洋医学ではこれを「外受容反射」といいます。
皮膚にある受容器(自由神経終末)が鍼による機械的刺激を受け、知覚の興奮は求心性線維により脊髄後角に伝えられ、更に脳へ伝わっていき、「今鍼が刺された」と大脳は認知します。ところが、求心性線維は脊髄の前角にも行き、興奮を直接前角細胞に伝えます。後角細胞は感覚性ニューロン、前角細胞は運動性ニューロンですので、遠心性線維により興奮は筋肉に伝わり筋収縮を起こします。この反射に基づいたニューロン回路を反射弓といいます。皮膚感覚や深部(結合組織)感覚受容器が刺激を受け、反射中枢である脊髄を介して筋肉の興奮を起こす反射は体性―運動反射です。刺鍼して即座に反射を起こすのは神経以外にほかは考えられないため、経絡はやはり神経と密接な関係があると思われます。
⑥ 脳の感伝作用
一部の学者は鍼灸の治療作用は反射中枢である脳を中心にして起こる一連の反射により実現されるものだと、主張しています。鍼灸の刺激により皮膚や結合組織にある種々な受容器からインパルスが求心性神経によって脳に伝えられ、脳でそれを整理・統合した後、またインパルスの形で遠心性神経を介して効果器(血管・神経・内臓・筋肉など)に伝え、色々な生理反射や治療作用が発現します。神経伝導系こそ経絡の感伝経路であり、「感」は脳にあり、「伝」も脳にあると強調しています。その理論根拠もいくつ挙げます。
病気や事故で手か足を切断された患者さんに鍼灸治療すると、不思議な経絡の感伝現象は起こることがあります。ある病院は55人の肢体切断の患者の断肢の残端に電気鍼をしたところ、34人(61.82%)が切断され存在していない肢体に鍼のひびきを感じたと言います。つまり経絡の感伝現象は脳の中で行っているということです。
事故で脊髄損傷を起こした患者さんの場合、例えば排便・排尿不能、両下肢はまったく感覚がなく麻痺になった患者さんに鍼で強く刺激しても何も感じず、経絡感伝現象も起こりません。これは、中枢神経が損傷されると経絡の感伝現象は起きず、経絡の感伝は中枢神経に依存すると考えられています。
肥満ラットに鍼をし、脳幹縫線核で多く分泌されるセロトニン(5-HT)という神経伝達物質に対して、どんな影響があるかと観察したところ、ラットの食欲が減り徐々に正常体重に戻りました。というのは、鍼は中枢神経に作用し、神経の伝達物質の分泌とバランスを調節して、新陳代謝や生命活動のリズムが整えられます。鍼灸治療の効果は脳神経系の調節作用によるものだという考えにつながります。
鍼の鎮痛作用について研究したところ、鍼は脳幹背側縫線核(5-HT作動性ニューロン)から第四脳室菱形窩にある青斑核(エンケ鍼ンを含むペプチド作動性線維)へ出す投射線維に作用して、鎮痛効果を収めることがわかってきました。また、薬を使ってこの投射線維の伝導を遮断すれば、鍼の鎮痛効果がかなり弱くなります。これは、刺激の神経伝導と反射弓の完備は鍼灸の治療効果をもたらす重要条件であることを立証しています。
*6 脊髄神経:神経系には体性神経系と自律神経系からなります。体性神経系は更に中枢神経系と末梢神経系に分けられます。中枢神経系には脳と脊髄があり、末梢神経系には脳からの脳神経と脊髄からの脊髄神経が含まれます。脊髄は脊柱管の中に納まって、左右の椎間孔を通って脊柱管から31対の脊髄神経を出しています。詳しくは8対の頚神経、12対の胸神経、5対の腰神経、5対の仙骨神経および1対の尾骨神経に分けられます。脊髄神経には体性運動性(遠心性)線維、体性感覚性(求心性)線維、内臓性運動性線維、内臓性感覚性線維の4種類の異なる線維が存在し、いわゆる混合神経です。
*7 シナプス伝導:シナプス伝導には電気シナプスと化学シナプスがあります。心筋細胞や平滑筋細胞の間はギャップ結合で、電流は直接細胞の間を流れて(電気シナプス)情報を伝えます。神経細胞同士の間、神経線維と筋線維(細胞)の間の情報伝達は化学シナプスという特殊な構造で行います。化学シナプスはシナプス前細胞(前膜)、シナプス間隙、シナプス後細胞(後膜)からなります。前膜から神経伝達物質(アセチルコリン、アドレナリンなど)を放出、シナプス間隙を通過して後膜に到達します。化学シナプスには興奮性と抑制性のものがあるため、シナプス後細胞で興奮性か抑制性シナプス後電位を引き起こします。
今朝のごはん: 温かいトマトうどんです。トマトを小さく刻み、鳥胸肉の挽肉と一緒に炒め、うどんに載せ小ねぎを散らします。味付けは和風でも中華風でも、お好みでどうぞ。辛味の好きな方は少しラー油か、食べるラー油を混ぜても美味しいと思います。少々の辛味は胃粘膜に悪いほうの刺激を与えることはなく、逆に胃酸の分泌を促進し消化にいい作用をします。ただし胃酸過多の方は朝から辛いものを食べないほうが無難です。
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