どうして鍼灸は効くの?(97)-脂質異常症について
3、炎症性反応による粥状動脈硬化の形成
前回ブログの続きで、脂質異常症の一番の問題点は年齢相応でなく、年齢以上の動脈硬化を進行させてしまうことです。動脈硬化というのは、動脈の壁が厚くなり弾力性が低下することを意味します。動脈硬化は誰にでもかならず起きることで、つまり正常な加齢現象でもありますが、病的な動脈硬化、年齢に相応しくない進んだ動脈硬化は心血管疾患、脳血管疾患を招く一大原因です。臨床と病理的変化により3つの型に分類できます:
①細動脈硬化症:血管壁の肥厚と内腔の狭窄があり、内臓の虚血性障害を引き起こし、高血圧症や糖尿病によく合併される。
②石灰沈着性硬化症:石灰が動脈の壁に沈着するが、血管内腔に浸出することはないので、臨床的な重要性はない。
③粥状硬化症:アテローム性硬化症ともいうが、もっとも重要な臨床意義を持っているので、その形成過程を知ると、脂質異常症との関係をよく理解できるようになる。
従い、このブログでは粥状硬化症に焦点を当てます。
(1)粥腫性プラーク:動脈は内側から内膜・中膜・外膜からなり、内膜はまた内皮細胞に覆われています。つまり動脈血管のもっとも内側に内皮細胞があります。健康状態の血管内皮細胞が隙間なく一列に並んでいますが、何らかの原因で細胞の並びが緩んだり、内皮に傷ができたりすると、血中に過剰に存在しているLDLの粒子が血管内皮に入り込んできます。内膜にたまったLDLは粥腫性プラークを形成して血管内腔へ向かって突出している状態になります。この隆起した粥腫は内腔を狭くし血流を閉塞させたり、粥状硬化性プラークは内膜・中膜を弱くしたり、またその自身が破裂し血小板の集聚による血栓を形成したりすることで、虚血性心・脳疾患を招く種となります。
(2)内皮細胞傷害における免疫系の動き:血管内膜に蓄積しているLDLは内皮細胞に産生された酸素フリーラジカルにより酸化されます。酸化LDLはマクロファージの活性化、マクロファージ・内皮細胞から増殖因子・サイトカイン・ケモカイン(走化性因子)などの炎症性因子の放出を促進します。その結果は、
①内皮細胞からの接着分子が白血球の内皮細胞への接着を、続いてケモカインが内膜内への游走を促す
②サイトカインが単球をマクロファージへ変化させ、またマクロファージの活性を高め、酸化LDLを活発に貪食させる。活性化したマクロファージはまた活性酸素を産生して、LDLの酸化を悪化させる
③内膜に動員されたTリンパ球はインターフェロン-γ(IFN-γ)・腫瘍壊死因子(TNF)などの炎症性サイトカインを放出し、さらにマクロファージの活性を向上する
④酸化LDLを貪食したマクロファージが泡沫細胞となり、内膜に蓄積して粥腫プラークをさらに悪化する
⑤内膜における慢性的な炎症性変化は内膜の平滑筋の増殖や壊死・線維化などを引き起こし、動脈の硬化性病変を悪化する
⑥粥状プラークの増大にしたがって、内皮細胞が薄くなりやがて破裂し(プラークの破綻)、血小板・赤血球が集まって血の塊(血栓)が形成される
⑦大きな血栓は血管を完全に閉塞すると、血流が完全に切断され、心筋梗塞・脳梗塞が発生する。血栓が大きくなくても、血管壁から剥がれると、血流に乗り、脳動脈や頚動脈などの血管を詰まらせ、アテローム塞栓症となる。
動脈粥状硬化の形成過程は、血管内皮細胞傷害に対する慢性炎症性反応過程だと考えられています。免疫系には悪意は全くありませんが、本来の仕事をしているうちに、甚大な内皮細胞傷害を起こしてしまいます。これは体内の慢性炎症の怖いところでもあります。
4、炎症性反応マーカー
血管の炎症性反応は動脈硬化形成過程のすべての段階に存在しています。それを評価する指標がいくつかありますが、もっとも重要視されているのはC反応性たんぱく質(CRP)です。ほかは、インターロイキン-6(IL-6)、腫瘍壊死因子-α(TNF-α)などもあります。
CRPは肺炎球菌のC多糖体と沈降反応を現す血漿タンパクとして発見されたので、C反応性タンパクと命名されました。CRPは代表的な炎症急性期の反応物質で、炎症性疾患や体内で壊死する組織が存在する場合には、著しく増加します。CRPは肝臓で合成されますが、粥状硬化性内膜でも局所的に合成されます。免疫反応において、細菌のオプソニン化、補体の活性化などに重要な役割を担っていますが、動脈硬化の過程で白血球の内皮細胞への接着、プラークや血栓の形成と破裂などに密接に関与しています。臨床でCRPは粥状硬化の進行だけではなく、心筋梗塞・脳梗塞・心臓性突然死のリスクを予測する指標として使われています。
近年、高感度CRP(HS-CRP)の測定はよく臨床に用いられるようになりました。高感度CRPは、従来の測定法で感度が0.3mg/dl以下であれば炎症はないとされていた集団から慢性炎症群を区別できる測定法で、心筋梗塞など動脈硬化性疾患の発症を予知できるマーカーとしています。
ほかに、粥状硬化の形成中に接着因子、走化因子、IL-6、TNF-αなどの炎症性サイトカインの発現も上昇します。
5、鍼灸による粥状動脈硬化形成における抑制作用
LDLコレステロールの動脈内膜内への沈着により内皮細胞が傷害されます。傷害された血管内皮に免疫細胞の集積、免疫サイトカインの増加により血管壁の慢性炎症を起こします。慢性炎症の進行により粥腫状動脈硬化が発生し、動脈硬化の進行・悪化により虚血性心疾患・脳疾患の併発リスクが上がります。動脈壁に発生している慢性炎症の進行を止めれば、最悪事態の発生を防止できると期待されます。
血管壁慢性炎症の改善には、鍼灸治療はどんな効果があるでしょうか。
武漢大学人民病院鍼灸科はラットを使った実験結果があります。健康なラットに高脂質餌を連続して40日間与えて、脂質異常症モデルラットを作りました。一部のモデルラットに1日1回、4週間続けて鍼治療を施しました。その後、モデル組、鍼治療組、対照組(普通のえさで飼育している健常なラット)の高感度CRP(HS-CRP)を測定しました。モデル組のHS-CRPは著しく上昇しましたが、鍼治療組は4週間の治療を経た時点での値は有意義に下がりました。鍼灸治療は動脈壁の炎症を抑制する効果があると判断されました。
蘇州市呉江区第一病院と湖北中医薬大学付属病院は同様に脂質異常症モデルラットを用いて、鍼治療組のラットに1日1回、30日の鍼治療をしてから、ラットの腹腔に存在するマクロファージやマクロファージ細胞内の炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6)の発現レベルを測定しました。結果は、モデルラットのマクロファージの発現量や細胞内のサイトカイン発現レベルは上昇したのに対して、鍼治療組は有意義に低下した結果となりました。
鍼灸は動脈硬化の予防と治療に効果をもたらす機序は総合的なものです。鍼灸の抗慢性炎症性作用、免疫系バランスの調節作用、自律神経バランスの調節作用、血流促進作用、代謝調整作用などと関係があると考えられます。
余談ですが、血管が若ければ、内臓、神経、骨、皮膚も若い状態に保て、見た目年齢も当然若くなります。これが鍼灸治療を受ける方が見た目も若い一因でもあります。”人は血管と共に老いる”のですから。
ここでもう一度脂質異常症を改善する良い生活習慣をまとめます:
①朝ごはんをなるべく抜かない
②腹七、八分、食べすぎない
③脂っこいもの、例えば揚げ物などは食べ過ぎない。トランス脂肪酸(人工脂肪)をなるべく撮らない
④お砂糖の多いお菓子、糖質を摂りすぎない、果物を食べ過ぎない
⑤禁煙、お酒は控える
⑥青魚、貝類、胡麻、大豆製品、にんにくを意識して食べる
⑦食物繊維(特に水溶性)を多く摂る、例えば野菜、海藻、きのこなど
⑧持続できるような簡単な有酸素運動、例えば家で足踏み、特に食後
⑨質のいい睡眠
⑩ストレス解消法を見つける
いかがですか。何も特別なことはありません、全部をやる必要はありませんが、やりやすいところから意識して少し頑張るだけで良い結果につながると思います。また、これらの習慣は脂質異常症だけでなく、血圧、血糖、尿酸値なども良くしていけますので、生活習慣病全般の予防になります。









